アーサー・オンケン・ラヴジョイ

アーサー・オンケン・ラヴジョイ (1873-1962) は、20世紀のアメリカを代表する哲学者、思想史家です。彼は、哲学史研究に新たな地平を開いた人物として知られており、特に「観念の歴史 (history of ideas)」という研究分野の基礎を築いた功績は多大なるものです。

ラヴジョイは、ドイツのベルリンで生まれました。幼少期に母親を亡くした彼は、医学研究者から聖職者になった父親のもとで育ちました。その後、カリフォルニア大学バークレー校、ハーバード大学で哲学を学びますが、博士号は取得していません。

初期のキャリアは、幾多の困難に見舞われます。スタンフォード大学での最初の職を、大学理事の意向に反発して辞職。ハーバード大学への就職も、トラブルメーカーというレッテルを貼られ、断念しました。ワシントン大学、コロンビア大学、ミズーリ大学と職を転々とした後、1910年から1938年までジョンズ・ホプキンス大学の哲学教授として活躍します。この間、彼はHistory of Ideas Clubを設立し、主宰。多くの知識人や社会史家、文芸評論家が集まる場となりました。1940年には、フィリップ・P・ウィーナーと共同で「観念の歴史」専門誌の創刊にも携わっています。

ラヴジョイの思想の中核にあるのは、「ユニットアイデア」という概念です。これは、単一の概念に焦点を当てることで、複雑な思想体系を解きほぐしていくアプローチです。「プラグマティズム」や「観念論」といった抽象的な概念を、よりシンプルな構成要素に分解し、歴史的な変遷を分析することを重視しました。この考え方は、哲学だけでなく、文芸批評にも大きな影響を与えたとされています。

彼の代表作『存在の大いなる連鎖 (The Great Chain of Being)』(1936年)は、西洋思想における「存在の階層」という概念の歴史を詳細に辿ったものです。この著作は、アメリカ思想史において最も影響力のある著作の一つとして高く評価されています。

ラヴジョイは、科学にも関心を持ち、アインシュタインの相対性理論への批判論文を発表するなど、積極的に発言を続けました。また、社会活動にも熱心で、全米大学教授協会やアメリカ自由人権協会の設立にも尽力しました。しかし、マッカーシズムの時代には、共産主義者をアカデミックな場から排除すべきだと主張するなど、自由主義的な立場から保守的な方向へと転換をみせた一面も持っています。

ラヴジョイの学問的影響は計り知れません。特に、認識論の分野においては、プラグマティズムに対する鋭い批判は今も高く評価されています。「十三のプラグマティズム (The Thirteen Pragmatisms)」と題された1908年のエッセイはその代表例です。『存在の大いなる連鎖』も、出版から数十年を経た現在も、活発に読み継がれるなど、その影響力は衰えることを知りません。

哲学史、思想史研究におけるラヴジョイの貢献は、ミシェル・セールの役割に匹敵するものであり、エリザベス・シューエルとともに英米圏における思想史研究の隆盛に貢献しました。彼の著作は多数存在し、日本語訳もいくつか出版されています。その業績は、現代の思想・文化研究に多大な影響を与え続けているのです。

もう一度検索