アーバーダーン危機

アーバーダーン危機：石油と権力、冷戦の影

1951年から1954年にかけて発生したアーバーダーン危機は、イランの石油国有化を巡る国際的な紛争でした。この危機は、イラン国内の石油資源を巡る支配権争い、そして冷戦構造下での大国間の思惑が複雑に絡み合った結果、世界情勢に大きな影響を与えました。

イランの石油国有化とイギリスの反発

1951年、イラン政府はアングロ・イラニアン石油会社（AIOC）のイラン国内資産の国有化を決定しました。これは、イラン国内で高まっていた民族主義と、石油資源の富を自国で管理したいという強い願望が背景にあります。AIOCはイギリスの巨大石油会社であり、イランの石油産業を長年支配していました。この国有化は、イギリス政府にとって大きな打撃であり、経済的損失だけでなく、地政学的影響力の低下をも意味しました。イギリス政府は、当初、イラン政府との外交交渉を試みましたが、決裂し、その後はイラン政権の転覆すら検討するまでに事態は深刻化しました。

アメリカの介入とアジャックス作戦

アメリカ合衆国は、当初、この紛争に中立的な立場をとっていました。しかし、1953年にドワイト・D・アイゼンハワー大統領が就任すると、アメリカ合衆国の対外政策は変化しました。冷戦下、アメリカはソ連との対立を重視しており、イランにおける共産主義勢力の台頭を阻止することを最優先課題としました。 イラン首相モサッデクは、アメリカからすれば、共産主義者と見なされる可能性もあり、結果として、アメリカ中央情報局（CIA）は、イギリスの秘密情報部（MI6）と協力して、モサッデク政権打倒のための秘密作戦「アジャックス作戦」を実行しました。

モサッデク失脚とパフラヴィー政権の強化

アジャックス作戦の結果、モサッデク首相は失脚し、モハンマド・レザー・パフラヴィー国王が権力を掌握しました。このクーデターによって、イラン国内の政治状況は一変し、アメリカとイギリスにとって都合の良い体制が構築されました。パフラヴィー政権は、西側諸国との友好関係を深め、石油産業の運営においても、西側諸国の影響力が維持されることとなりました。

AIOCの再編と国際コンソーシアム

アーバーダーン危機の後、AIOCは国際コンソーシアムに再編されました。アメリカ系石油メジャー5社が株式の40%を保有し、イギリスのBP、ロイヤル・ダッチ・シェル、フランス石油も株式を保有する体制となりました。この再編は、イランの石油資源の管理と分配において、アメリカとイギリスの影響力を維持するための戦略的な措置でした。

アーバーダーン危機の意義

アーバーダーン危機は、冷戦下における大国間の力関係、民族主義と資源支配の複雑な絡み合いを示す象徴的な出来事でした。この危機は、イランの独立と主権、そして石油資源の管理をめぐる国際社会の力関係を再編するきっかけとなり、現代国際関係に多大な影響を与えました。 また、CIAによる秘密工作の実態が明らかになったことで、アメリカ合衆国の国際的なイメージにも打撃を与えた出来事でもあります。 歴史的視点から見れば、この出来事は、アメリカとイギリスによるイランへの介入、そしてその長期的な影響を理解する上で重要な事例となっています。 この危機は、単なる石油紛争ではなく、冷戦構造下におけるイデオロギー対立と、資源を巡る覇権争いが複雑に絡み合った歴史的転換点だったといえるでしょう。

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