アーメンの幻影

オリヴィエ・メシアンが1943年に作曲した『アーメンの幻影』(Visions de l'amen)は、2台ピアノのための壮大な作品です。第二次世界大戦下の混沌とした時代、ドイツ軍の捕虜となった経験を持つメシアンは、後に占領下のフランス・パリで教鞭をとります。その最初の生徒の一人だったピアニスト、イヴォンヌ・ロリオとの出会いは、この作品に大きな影響を与えました。

メシアンは、映画会社からの依頼を受け、『アーメンの幻影』を作曲します。ロリオによると、作品に使用されているいくつかの主題は、1942年に上演された戯曲『神はけがれなし』のための付随音楽の一部を基にしているとも言われています。1943年5月、パリでロリオとメシアン自身による初演が行われ、その演奏は聴衆に衝撃を与えました。その後、1949年には二人が共同でこの作品の初録音を行い、楽譜は1950年に出版されています。

本作品は、メシアンの前期作品とは大きく異なる方向性を示しています。内省的な音楽から一転、聴衆に強烈な訴求力を持つ、高度な技巧を要求する難曲となっているのです。特に、ロリオが担当した第1ピアノパートは、鐘の音や鳥のさえずりを思わせる装飾的な音型が豊富に用いられ、メシアン自身の担当する第2ピアノパートが主題を担うという構成をとっています。この作品におけるロリオの貢献は大きく、以降のメシアンのピアノ作品において、ピアノが中心的な役割を担うようになるきっかけとなりました。

『アーメンの幻影』は全7楽章からなり、演奏時間は約45分。メシアンはエルネスト・エローの著作を引用し、「アーメン」という言葉を4つの異なる意味で解釈し、それぞれの意味を作品中に反映させています。

第1楽章『創造のアーメン』は、鐘の音を思わせる反復的な和音と、低音から徐々に上昇していく「創造の主題」が特徴です。この主題は、続く楽章にも繰り返し現れ、作品全体を統一する重要な役割を果たしています。

第2楽章『星々の、環をもつ惑星のアーメン』では、変拍子の舞曲風の音楽が展開します。第2ピアノが主題を受け持ち、第1ピアノはユニゾンや装飾的な音型で彩ります。

第3楽章『イエスの苦悶のアーメン』は、ゲツセマネの園で苦悶するイエスを描写した楽章です。神の呪詛、苦痛の叫び、聖母と幼子の主題などが、複雑な様式で織り込まれています。

第4楽章『欲望のアーメン』は、作品の中心となる楽章。天国のような穏やかな部分と、激しく情熱的な部分が交互に現れます。

第5楽章『天使たちの、聖者たちの、鳥たちの歌のアーメン』は、黙示録の一節を基にしています。グレゴリオ聖歌風の旋律や、鳥の歌を思わせる音型が織りなす、神秘的で美しい音楽です。

第6楽章『審判のアーメン』は、短いながらも厳格な雰囲気の楽章です。マタイによる福音書の一節を引用し、峻厳な音型が繰り返し用いられます。

最終楽章『成就のアーメン』では、「創造の主題」が再び輝かしく再現されます。第1楽章と同様に鐘の音が用いられ、急速なコーダで壮大に作品は幕を閉じます。

『アーメンの幻影』は、メシアンの信仰、戦争体験、そしてロリオとの出会い、といった要素が複雑に絡み合い、高度な技巧と深い精神性を兼ね備えた、20世紀を代表する重要なピアノ作品の一つと言えるでしょう。その複雑で奥深い音楽世界は、現代においても多くの演奏家や聴衆を魅了し続けています。

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