イエバエ

イエバエ（Musca domestica）

イエバエは、ハエ目イエバエ科に分類される昆虫で、その学名を `Musca domestica` といいます。その名の通り、人間の家やその周辺にきわめて普通に見られるハエであり、世界中に広く分布しています。人間の活動範囲の拡大とともに生息域を広げた代表的な昆虫の一つです。

形態

成虫の体長はおよそ4ミリメートルから9ミリメートル、翅（はね）を広げたときの幅（開張）は13ミリメートルから15ミリメートルほどになります。メスは同じ種でも個体による大きさのばらつきが大きく、特に寒冷な高緯度地域では大型化する傾向があります。頭部にある大きな複眼は、オスでは頭部の中央で左右がほぼ接していますが、メスでは離れて配置されているのが特徴です。口の構造は、液体の食物を吸い取るのに適した形状をしています。体色は全体的に灰色で、胸部の背面には4本の黒い縦縞模様があります。腹部は、根元に近い両側が淡い褐色をしており、背側には1本の黒い筋が縦に走っています。

生活環と生態

イエバエは繁殖力が非常に高く、温かい季節には短い期間で世代を繰り返します。卵から成虫になるまでの期間は、温度にもよりますがおよそ12日程度です。卵の期間は半日から1日、幼虫（いわゆる「蛆」）の期間は約7日、蛹（さなぎ）の期間は約4日です。成虫の寿命は約1か月ほどですが、その間にメスは50個から150個ほどの卵を塊にして、生涯で4回から5回に分けて産みつけます。卵は生ゴミや家畜の糞など、有機物が豊富で湿り気のある場所に産まれます。これらの場所は幼虫の餌となり、成長に適した環境です。成虫は、冬の間は比較的暖かい場所で越冬し、条件が整えば春から秋にかけて何度も発生を繰り返します。イエバエの卵の表面には、グラム陰性桿菌の一種であるクレブシエラ・オキシトカという細菌が共生していることが知られており、この細菌が他の真菌（カビなど）の増殖を抑える働きをしている可能性が研究で示唆されています。

イエバエは主に生ゴミや家畜の糞といった、分解が進む有機物を好んで摂食します。そのため、現代においては、畜産施設やゴミ処理場などが大量発生源となることがあります。

分布

イエバエは、人間が生活している場所であれば、世界のほぼあらゆる地域で見られる最も広範囲に分布する昆虫種の一つです。その原産地は、中東地域であったと推定されています。

被害

イエバエは、汚物と食物の間を行き来することで、さまざまな病原体を体表面や消化管内に運び、媒介する衛生害虫として重要な位置を占めます。特に、腸管出血性大腸菌O-157のような危険な病原体を媒介することが知られており、食品や食器に付着することで食中毒などの感染症を引き起こす原因となります。

利用

衛生害虫としての側面がある一方で、イエバエの幼虫が有機物を効率よく分解し、良質な動物性タンパク質を生産する能力に注目が集まることもあります。かつて旧ソ連では、有人火星探査計画において、宇宙飛行士の糞便処理と食料確保のためにイエバエを利用する構想が存在しました。現在では、日本の一部の企業が、飼育に適した特定の系統を選抜・改良しながら、有機性廃棄物の処理やタンパク質飼料の生産を目的としたイエバエの養殖事業を行っています。特に、日本の「ムスカ」社は、旧ソ連時代の系統を引き継ぎ、50年以上にわたる選抜交配によって高機能な系統を作り出しています。

このように、イエバエは私たちの生活環境に深く関わりながら、時には不快害虫・衛生害虫として、また時には有機物リサイクルやタンパク質生産の担い手として、多様な側面を持っています。

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