イエンス・ペーター・ヤコブセン

イエンス・ペーター・ヤコブセン（Jens Peter Jacobsen）は、1847年4月7日に生まれ、1885年4月30日に結核のため38歳でその短い生涯を閉じたデンマークの詩人、小説家、そして植物学者です。

ユトランド半島北部の港町ティステッドに、豊かな船主・石炭商の家庭の子として生まれたヤコブセンは、幼少期から自然科学に深い興味を示しました。特に植物学への熱中ぶりは早くから際立ち、9歳頃には故郷周辺の植物を網羅するほどの知識を持っていたと言われています。この自然科学への関心は彼の生涯を通じて持続しました。

16歳でコペンハーゲン大学に入学すると、彼は植物学を専攻する傍ら、文学への傾倒を深めます。ゲーテ、シラー、ヴィーラントといったドイツの作家たちの作品を読み込み、18歳でシェークスピアを発見してからはその作品に没頭しました。

青年期には深刻な精神的葛藤を経験します。20歳前後で信仰の危機に直面し、セーレン・キルケゴールやルートヴィヒ・フォイエルバッハといった思想家、あるいは聖書やハインリヒ・ハイネなどの文学作品を深く読み進める中で、やがて無神論へと至りました。後年、この時期を「苦しい内的戦い」と振り返り、宗教からの訣別を語っています。

文学創作への意欲は、ヘンリック・イプセンの戯曲『ペール・ギュント』に強い感銘を受けたことから本格化しました。北欧のサガを題材にした物語詩《コルマクとステンゲルデ》や、詩と短編を組み合わせた連作《サボテンの花ひらく》（未完に終わるものの、後にアルノルト・シェーンベルクがカンタータ『グレの歌』として作曲の基にする）といった作品に着手する一方、後に彼の代表作となる長編小説『ニルス・リューネ』の構想を得ました。しかし、1870年には、当時婚約していた敬虔なキリスト教徒であった女性との婚約を解消するという出来事がありました。これは、無神論者である自身と彼女の信仰を対決させることに耐えられなかったためとされています。

学問面では、長年にわたる藻類の研究成果をまとめ、1872年には大学から金牌を授与される栄誉を受けました。しかし、沼や川での過酷な採集活動が原因で、この頃から胸を患うようになり、後の健康状態に大きな影響を与えます。1873年には、チャールズ・ダーウィンの進化論の主要著作である『種の起源』や『人間の進化と性淘汰』の翻訳を進め、同時に作家としては長編『マリィエ・グルベ夫人』執筆のための古文献収集に没頭しました。

病状の悪化に伴い、療養を兼ねてドレスデン、ミュンヘン、プラハ、ウィーン、フィレンツェ、ローマなどヨーロッパ各地を歴訪します。そして、1876年末に長編小説『マリィエ・グルベ夫人（Fru Marie Grubbe）』を刊行しました。この作品は、17世紀デンマークに実在した美貌の貴族女性が、国王の弟、騎士である義兄、そしてついには自家の下僕と男性遍歴を重ね、最終的に渡船場の女将となる波乱の生涯と内面を克明に描いたものです。この作品は大きな反響を呼び、海外からも翻訳の申し入れが相次ぎました。

病状が重く、死期が近いことを予感しながらも、故郷ティステッドの家で執筆を続けたヤコブセンは、1880年に奇跡的に二番目の長編『ニルス・リューネ（Niels Lyhne）』を完成させます。イプセンやドイツの詩人リルケなど、多くの文学者に感銘を与えたこの作品で、ヤコブセンは神に背き、詩作や恋愛を通じて人間性の高揚を目指しながらも、生きる意味や目的を見失い、それでもなお己の信念を貫こうとする主人公を描き出しました。このため、『無神論者の聖書』と評されることもありました。その後も短編『ベルガモの黒死病』や『フェーンス夫人』といった作品を発表しましたが、1885年に結核のため、わずか38歳でこの世を去りました。

短い生涯ではありましたが、ヤコブセンは自然科学者としての厳密な観察眼と、信仰の危機を経て人間の内面へと深く分け入る視点を融合させた独自の文学世界を創造しました。彼の作品は、その後のデンマーク文学だけでなく、ヨーロッパ各地の文学者、特に象徴主義や退廃主義といった潮流に大きな影響を与えました。

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