イサーク・バーベリ

イサーク・エマヌイロヴィチ・バーベリは、1894年7月13日に黒海沿岸の港町オデッサでユダヤ人商人の家庭に生まれました。幼少期から様々な言語や文化に触れ、文学への関心を深めていきました。

生涯

誕生から青年期

バーベリは、幼少期に家族と共にニコラーエフへ移り住み、小学校で英語、ドイツ語、フランス語などを学びました。その後、オデッサに戻り、商業学校に入学。家庭ではイディッシュ語、聖書、タルムードの教育を受けました。当時のオデッサでは、子供に音楽を習わせるのが流行しており、バーベリも父親からバイオリンを強制的に習わされていました。

商業学校在学中にモーパッサンやフローベールなどのフランス文学に傾倒し、フランス語で短編を執筆しました。しかし、ユダヤ人子弟の入学制限のため、オデッサ大学には入学できず、キエフの財務・企業活動単科大学（キエフ商科大学）に進学。ここで最初の妻となるエヴゲーニヤ・グロンフェインと出会いました。1913年には、キエフの雑誌でデビュー作となる『老シュロイメ』を発表しました。

1915年、ペテルブルクに移り、ペテルブルク精神神経症単科大学法学部に編入。マクシム・ゴーリキーと出会い、彼の編集する雑誌『年代記』に短編が掲載されました。しかし、政府からは公序良俗を乱すものと判断され、処罰寸前の状態に追い込まれます。ゴーリキーの助言を受け、バーベリは創作活動を中断し、社会経験を積むことにしました。

従軍生活と創作の再開

1917年のロシア革命後、バーベリは陸軍に志願入隊し、ルーマニア方面へ出征。その後、チェーカー（秘密警察）や様々な部隊で勤務しました。1920年には、セミョーン・ブジョーンヌイ指揮下の第一騎兵隊に記者として従軍しました。この際、バーベリは「キリール・ヴァシーリエヴィチ・リュートフ」という偽名を使い、戦況を報告したり、兵士の政治教育を行いました。従軍中、ユダヤ人が多く住む地域を転々とし、コサック兵の残虐な行為を目の当たりにしたことで、革命に疑問を抱くようになりました。この社会経験が、後の作風に大きな影響を与えたと語っています。

1919年、エヴゲーニヤと結婚。オデッサの国立出版所に勤務した後、1921年にコーカサスのバトゥミ近郊で療養生活を送りました。1923年から創作活動を再開し、雑誌『レフ』に短編を発表しました。1924年にはモスクワに移住しました。

二編の短編集

1924年から1925年にかけて短編集『オデッサ物語』、1926年には『騎兵隊』が刊行され、バーベリは作家としての名声を確立しました。ゴーリキーをはじめとする多くの作家や評論家が、バーベリの作品を論評しました。しかし、その後は自伝的な作品をわずかに発表するに留まりました。

1930年、ウクライナ旅行中に農村の悲惨な現実を目の当たりにし、衝撃を受けました。彼はこの件について公の場では語らなかったものの、家族には「ウクライナは過去の恵みを失い、飢饉と村落の解体によって壊滅した」と述べています。

環境の変化

1928年から1934年にかけて、バーベリはしばしばフランスを訪れました。家族は1925年にフランスに亡命しており、1929年にはパリで娘のナターリヤが誕生。家族と離れて暮らす辛さがありながらも、祖国を離れることは自殺行為だと考え、亡命はしませんでした。

1930年代に入ると、バーベリの作品発表は激減しました。共産党の文学への介入が強まり、作家に「社会の要求」を求めるようになると、バーベリは自己表現との両立に苦悩しました。党からの依頼を断り、「宮殿で創作はやれない」と語ったと伝えられています。バーベリは「ブルジョア人道主義」などと批判され、家族の亡命も立場を危うくしました。党の要求に応える作品も試みましたが、成功しませんでした。

1934年、ソビエト連邦作家同盟の最初の会議で、バーベリは自らを「沈黙の様式という新しい文学様式の第一人者」と皮肉りました。公的な場で発言を避けるようになり、アメリカの著述家マックス・イーストマンは自著の中で「イサーク・バーベリの沈黙」と題する章を設け、その状況を指摘しました。

バーベリは内務人民委員部（NKVD）長官の妻と不倫関係になり、スターリンはバーベリの行動と作品の内容に不快感を抱いていました。

最期

1939年5月15日、バーベリはモスクワのアパートでNKVDに逮捕されました。逮捕理由は不明ですが、トロツキズム、テロリズム、スパイ容疑などが挙げられました。逮捕後、ルビャンカ刑務所に収監され、拷問を受けたとされています。1940年1月27日、銃殺刑に処せられました。遺灰は、モスクワのドンスコイ修道院の共同墓地に他の大粛清の犠牲者と共に投げ込まれました。

1990年代に、バーベリの尋問記録が発見され、死の真相が明らかになりました。調書には、バーベリが拷問を受けながらも、無実を主張し続けたことが記されています。死後、バーベリの作品はソ連から抹消されましたが、1954年に名誉が回復しました。

作風

バーベリは、長編小説ではなく、短編小説を活動の場に選びました。フランス文学、特にモーパッサンに強く影響を受け、彼の作品に触発され、新たな文学の開拓を志しました。バーベリの文体は華麗で、想像力と比喩に富み、既成の道徳に捉われない表現が特徴です。

初期には装飾的な文体を用いていましたが、次第に簡潔で精緻な文体へと変化していきました。彼の文章には、英語やイディッシュ語の語法が見られ、多言語環境で育ったことが影響していると考えられます。作品には、繊細な魂と荒々しい出来事が同居する独特の静寂があり、ユダヤ人が受けた迫害の経験が根底にあります。第一騎兵隊時代には、コサック兵の中で孤立し、ユダヤ人に救いを求めましたが、故郷のユダヤ人との違いに苦悩しました。

作品

バーベリの作品には、短編集、短編小説、戯曲、映画シナリオ、エッセイなどがあります。逮捕時に押収された原稿は行方不明のままです。

彼の作品はユダヤ色が強く、『オデッサ物語』はオデッサのユダヤ人の生活を生き生きと描いています。一方、『騎兵隊』は従軍体験を基に、前線の残虐な出来事と兵士の内面を対比させながら描いています。

主な作品

短編集:
『短編集』（1925年）
『オデッサ物語』（1925年/1931年）
『騎兵隊』（1926年）
短編:
『オデッサ』（1916年）
『私の鳩小屋の物語』（1925年）
『ギイ・ド・モーパッサン』（1932年）
長編: 『ヴェリーカヤ・クリニーツァ』（未完）
戯曲:
『黄昏』（1928年）
『マリヤ』（1935年）
映画シナリオ:
『ベーニャ・クリーク』（1926年）
* 『自伝』（1924年)

イサーク・バーベリは、その短い生涯の中で、多くの素晴らしい作品を生み出しました。彼の作品は、現代においても多くの読者に感動と衝撃を与え続けています。

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