イスラーム百科事典

イスラーム百科事典：イスラーム世界を網羅する近代的百科事典

『イスラーム百科事典』は、ヨーロッパの東洋学者たちが中心となり編纂された、イスラーム文明に関する包括的な百科事典です。地理、歴史、宗教、文化など、多岐にわたる分野を網羅し、イスラーム研究に不可欠な信頼性の高い情報源として、広く利用されています。

編纂の背景と経緯

事典編纂の構想は、1892年の第9回国際東洋学者会議で、イギリスの東洋学者ウィリアム・ロバートソン・スミスによって提唱されました。スミスは、ムスリム諸国の歴史、地理、宗教、科学、芸術を網羅する事典の必要性を訴え、参加者の賛同を得て準備委員会が発足しました。

しかし、スミスの急逝後、計画は一時停滞。ハンガリーの東洋学者イグナーツ・ゴルトツィーエルが委員長を引き継ぎましたが、プロジェクトの推進は困難を極めました。そこで、ゴルトツィーエルはオランダの東洋学者ミハエル・ヤン・デフーイェに協力を要請し、事典はライデンで印刷されることになりました。

旧版と新版

1913年から1938年にかけて編纂された旧版 (E.I.1) は、ヨーロッパにおける東洋学の集大成として高く評価されました。H・A・R・ギブやE・レヴィ＝プロヴァンサルなど、当時の碩学が編纂に携わり、詳細な参考文献とともに、質の高い記事が提供されました。しかし、完全にヨーロッパで編集されたため、現地の研究やオリエンタリズム的な偏りが指摘されることもありました。

第二次世界大戦後、中東世界の変容を受け、旧版をベースに補足・訂正を加えた新版 (E.I.2) が1954年から2004年にかけて編纂されました。旧版同様、詳細な記述と文献リストが特徴で、地理、文学、科学、美術など、分野も拡充されました。しかし、アラブ・スンナ派中心的な編集方針や、中東以外の地域に関する記述の不足など、批判も存在します。

2007年からは、第3版 (Encyclopaedia of Islam Three) の刊行が開始されています。

特徴と評価

『イスラーム百科事典』は、以下のような特徴を持っています。

イスラーム文明に関する広範な知識を網羅
詳細な参考文献による高い信頼性
ヨーロッパの東洋学の成果を結集

一方で、以下のような課題も抱えています。

アラブ・スンナ派中心的な編集方針
オリエンタリズム的な偏り
中東以外の地域に関する記述の不足
記事のスタイルや品質のばらつき

これらの課題はありますが、『イスラーム百科事典』は、イスラーム研究における重要な参考資料としての地位を確立しており、専門研究者にとって欠かせない存在となっています。

派生版と他言語版

旧版には、内容を再編集した『Shorter Encyclopaedia of Islam』や、トルコ語版、アラビア語版、ウルドゥー語版などの派生版が存在します。これらの派生版は、オリジナル版の欠点を補完し、より幅広い読者層にアプローチすることを目的としています。

書誌情報

旧版：M. Th. Houtsma et al., eds., The Encyclopædia of Islām: A Dictionary of the Geography, Ethnography and Biography of the Muhammadan Peoples, 4 vols. and Suppl., Leiden: Late E.J. Brill and London: Luzac, 1913-38.
* 新版：H. A. R. Gibb et al. eds, Encyclopædia of Islām, new ed., 12 vols. with Indexs and etc., Leiden: E. J. Brill, 1960 - 2009.

オンライン版

『イスラーム百科事典』第2版は、オンライン版 (Encyclopaedia of Islam Online Edition) が提供されており、インターネットを通じてアクセスすることができます。

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