イピトス

古代ギリシアの歴史において、特に後世にまで続く偉大な祭典、すなわちオリュンピア祭（古代オリンピック）を再興したとされる伝説的な人物、それがイピトスです。彼の名はイフィトスとも表記されます。彼はペロポネソス半島の西部、エーリス地方を統治した王であり、オイカリア王エウリュトスの息子で英雄ヘーラクレースによって命を落とした同名の人物とは明確に区別されます。

オリンピック再興の背景と神託

イピトスが活躍したとされる時代、彼が治めるエーリスの地は極めて困難な状況にありました。古代の地理学者パウサニアースは、その著書『ギリシア案内記』の中で、当時のエーリスが度重なる戦争とその後に蔓延した疫病によって国土が荒廃し、人々が苦しんでいた様子を伝えています。この悲惨な事態を憂慮したイピトス王は、国の復興と人々の救済を願って、遠くフォキス地方にあるピュートーのデルポイへ使者を送り、神託を求めました。

アポローン神からの神託は、驚くべきものでした。それは、かつてオリュンピアで行われていたにもかかわらず、いつしか途絶えてしまっていた祭典を、イピトス自身とエーリスの民の手によって復活させるべしというものでした。さらに、神託には、祭の一環として、エーリスの人々が過去に敵対し、遺恨を抱いていたとされる英雄ヘーラクレースに対する供犠も執り行うようにとの指示が含まれていたと伝えられています。

イピトスの役割と「聖なる休戦」

神託を受け、オリュンピア祭の再興を決意したイピトスは、その準備を進めました。新たに復活した祭典において、彼は単なる指示者ではなく、中心的な役割を担いました。彼は自ら祭の責任者となり、その開催を主催したとされます。そして、オリュンピア祭を全ギリシアの人々が安全に集える平和な祭典とするため、「聖なる休戦」（エケケイリア）と呼ばれる期間中の一切の戦争行為、敵対行為の停止を全ギリシア世界に布告しました。この休戦協定は、オリンピアへの旅路や祭典中の安全を保障する画期的な試みであり、後の古代オリンピックがポリス間の争いを超えた、宗教的・文化的な結びつきを強める場となる上で極めて重要な礎となりました。また、イピトス自身が競技の審判を務めたとも伝えられており、祭の運営に深く関与していたことがうかがえます。

後世への影響とパウサニアースの証言

イピトスによるオリュンピア祭の再興以降、祭典の運営はエーリスの王家が代々引き継ぐこととなりました。記録によれば、少なくとも紀元前580年に開催された第50回大会までは、エーリスの王が主催者として祭を取り仕切っていたとされます。これにより、エーリスはオリュンピアの聖域の守護者としての地位を確立し、その影響力を高めていきました。

イピトスによる再興説の重要な根拠の一つが、パウサニアースによる『ギリシア案内記』における記述です。彼は実際にオリュンピアの聖域を訪れ、そこに残されていた遺物についても詳しく報告しています。パウサニアースは、聖域の中心にあるゼウス神殿の内部で、休戦の女神エケケイリアから栄誉の冠（あるいはリース）を授けられているイピトスの彫像を目にしたと記しています。さらに、聖域内で最も古い建築物の一つであるヘーラー神殿では、イピトスが定めたとされる聖なる休戦協定の内容が刻み込まれた、青銅製の大きな円盤を目撃したと述べています。パウサニアースの時代はイピトスが活躍したとされる時代から数百年後ですが、彼が実際に目にし、記録したこれらの物理的な遺物は、イピトスが単なる神話や伝説上の人物ではなく、オリュンピア祭の歴史において再興者として記憶され、崇敬されるに足る功績を残した実在の（あるいは少なくともそのように信じられていた）人物であったことを強く示唆しています。

このように、イピトスは戦乱と疫病に苦しむ国土を救うため、神託に従いオリュンピア祭を再興し、聖なる休戦を定めた人物として伝えられています。彼の功績は、古代ギリシアにおける最大の祭典であるオリュンピア祭が、単なる競技会を超えて、ポリス間の平和と文化交流の場となるための重要な第一歩となったと言えるでしょう。

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