イフワーン派

イフワーン派は、19世紀末に中国で誕生したスンナ派ハナフィー学派に属するイスラームの一派です。アラビア半島で興隆したワッハーブ派の影響を受けた馬万福によって創始され、既存の教派を批判し、改革を求める形で勢力を拡大しました。現在では、中国のイスラーム教徒の中で、最大教派であるカディーム派に次ぐ規模の信徒を抱えています。

名称

「イフワーン」とは、アラビア語で「兄弟」や「同胞」を意味します。イフワーン派は、旧来の教派を「旧教」と見なし、「新教」や「新興教」と呼ばれることもあります。また、経典に基づくことや、伝統的な習俗を改めることを主張したため、「遵経派」や「聖行派」とも呼ばれます。

歴史

創始

イフワーン派は、1890年代に馬万福によって創始されました。馬万福は、幼少期から宗教教育を受け、アラビア語やペルシア語を習得し、アホンの資格を取得しました。1888年にはマッカ巡礼を行い、その際に現地の宗教儀礼が中国、特に門宦の儀礼と異なることを認識しました。彼は、中国には教義を解説する典籍が不足していることが原因であると考え、改革を決意しました。

ワッハーブ派の影響を受けた馬万福は、1892年に帰国後、他のアホンらと議論を重ね、「十大綱領」を定め、これを基に改革を始めました。「全てはクルアーンに帰れ」「経典に基づいて習俗を改める」などの主張を掲げ、宗教改革運動を開始しました。イフワーン派は、儀式の簡略化や宗教的負担の軽減を訴え、多くのムスリムの支持を集めました。しかし、既存の教派を激しく批判したため、軋轢も生じました。

1895年には、フフィーヤの教派争いをきっかけとした反乱が発生し、馬万福も参加しましたが、軍閥に降伏しました。その後、彼は軍閥の支援を得て、イフワーン派を広めました。また、自身の教えを記した『布哈里喧徳』を編集しましたが、発行は禁止されました。

1906年、馬万福は他の教派の反発を受け、布教活動を続けながら各地を転々としました。1917年には、新疆で捕らえられましたが、軍閥によって救出されました。

軍閥の庇護

馬麒は、勢力拡大のため、宗教的支柱を必要としていました。そこで、彼はイフワーン派を支持し、他の教派を抑えることで青海を支配しようとしました。1922年には「寧海回教促進会」を設立し、イフワーン派のアホンの育成を始めました。馬麒の死後、その弟や息子がイフワーン派を擁護し、イフワーン派は青海の国教のような扱いを受けるようになりました。

イフワーン派は、これまで迫害を受けていた立場から、他教派への改宗を強制する立場に変わりました。その結果、1923年には肉親同士の殺し合いが起こり、1936年には強制改宗が行われました。1940年には、改宗を拒否した村が攻撃を受け、多くの犠牲者が出ました。1949年までに、甘粛省では多くのモスクがイフワーン派に強制改宗させられました。

イフワーン派は、青海や甘粛だけでなく、寧夏でも布教活動を行いました。初期には抵抗を受けましたが、1930年代までに寧夏の大部分に広がりました。しかし、1980年代の信徒数はカディーム派や他の宗派には及びませんでした。

分裂

1936年、イフワーン派のアホンであった馬得宝が、マッカ巡礼の際に持ち帰ったワッハーブ派の典籍を研究し、新たな教えを伝え始めました。これがイフワーン派内部で論争を引き起こし、1937年には、馬万福の教えを堅持する「蘇派」と、馬得宝の新しい教えに従う「白派」（サラフィーヤ派）に分裂しました。サラフィーヤ派の信者数は少ないとされています。

現在まで

2004年の時点で、イフワーン派の信者数は100万人以上とされ、カディーム派に次ぐ規模を誇っています。イフワーン派は、中央や地方のイスラーム協会で優先的に扱われる傾向にあります。これは、イフワーン派が他の教派に比べて組織的なネットワークを形成しにくく、政府にとって脅威になりにくいと認識されているためだと考えられています。

教義

イフワーン派は、宗教儀礼はクルアーンとハディースに厳格に従うべきであると主張し、五行を最も基本的な義務として厳格に履行すべきだと説きます。また、ハナフィー学派の法学文献を最重要視し、経典の解釈や社会問題の処理もハナフィー学派の教義に厳格に従うべきとしています。

イフワーン派は宗教的行為を「天命」「当然」「聖行」「副功」の4つに分類し、最初の3つを主要な義務と位置づけています。

また、イフワーン派は、カディーム派や門宦が伝統的に行ってきた慣習を、クルアーンやハディースに基づかない「反イスラーム的」な儀礼であるとして批判しています。ただし、現代では、これらの教義が全て守られているわけではありません。

冠婚葬祭

婚礼の際、他の教派がペルシア語の言葉を唱えるのに対し、イフワーン派は中国語で唱えることを主張しています。葬儀においては、号泣や喪に服すこと、通夜や法事を行うことを禁じています。

生活

子供が生まれた際には、イスラーム名を付ける習慣がありますが、イフワーン派は誕生後7日経ってから命名します。また、イフワーン派の男性は髭を伸ばし、女性は蓋頭というスカーフを被ります。礼拝以外の際には、ターバンの余剰の布を巻き上げますが、カディーム派は垂らしたままにするという違いがあります。

礼拝

イフワーン派には「念経不吃飯、吃飯不念経」という標語があり、クルアーンの朗読後に饗応を受ける慣習を批判しています。また、クルアーンの朗読で報酬を得ることにも反対しています。

他教派との関係

カディーム派

イフワーン派は、カディーム派を「歪教」「異端」「外道」と激しく批判し、対立していました。両派の間では、論争や信者同士の争いが頻発しました。中華人民共和国成立後、争いは収束したとされますが、両派間の結婚は避けられる傾向があります。葬儀における交流も少ないとされています。しかし、葬儀の儀礼には両派の混同も見られるという指摘もあります。

サラフィーヤ派

サラフィーヤ派は、イフワーン派から分裂した教派ですが、多くの点でイフワーン派と同じ主張を持っています。

ワッハーブ派

馬万福はワッハーブ派に影響を受けましたが、イフワーン派とワッハーブ派のつながりについては論争があります。一部の研究者は、イフワーン派は中国イスラームの産物であり、革新運動の方向性は共通するものの、その内容は異なると指摘しています。

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