イラリオン・プリャニシニコフ

イラリオン・ミハイロヴィチ・プリャニシニコフ（1840年3月20日 - 1894年3月12日）は、19世紀ロシアを代表する画家であり、移動派の創設メンバーの一人として知られています。彼は、社会の現実を鋭く捉えた風俗画や、同時代の社会問題をテーマにした作品を数多く残しました。その作風は、当時のアカデミズム絵画とは一線を画し、ロシア社会の矛盾や不条理を容赦なく描き出しています。

プリャニシニコフは、カルーガ州のティマショヴォ村で商人の家庭に生まれました。1856年から1866年まで、モスクワ絵画・彫刻・建築学校で学び、イェヴグラフ・ソロキンとセルゲイ・ザリャンコに師事しました。在学中に制作した「おどけた奴ら（モスクワのゴスティヌィ・ドヴォル）」は、彼の名を一躍有名にしました。この作品では、モスクワの市場で酒に酔った商人と役人が、見物人たちの嘲笑の中で踊る様子が描かれています。プリャニシニコフは、この絵を通して、金銭が支配する社会における人間性の喪失や、富裕層の無関心や冷酷さを痛烈に批判しました。この作品は、当時のアカデミックな芸術観に挑戦するものであり、保守的な美術批評家たちからは激しい非難を浴びました。

1870年には「第一級の画家」の称号を得て、1873年からは母校であるモスクワ絵画・彫刻・建築学校で教鞭を執りました。彼の指導を受けた学生の中には、コンスタンチン・コロヴィン、ヴィトルド・ビャルイニツキー＝ビルーリャ、ミハイル・ネステロフなど、後にロシアを代表する画家たちが含まれています。プリャニシニコフは、画家としてだけでなく、教育者としても才能を発揮し、多くの若い才能を育てました。

プリャニシニコフは、移動派の結成当初からのメンバーであり、第2回巡廻展覧会からは、監督の一人として活躍しました。彼は、移動派の理念である「芸術は人々のために」を実践し、ロシア各地を巡回しながら作品を発表し、社会の現実を広く人々に伝えようとしました。彼の作品は、当時の社会問題に対する強い関心と、人間への深い洞察に裏打ちされており、現在でも多くの人々を魅了し続けています。プリャニシニコフはモスクワを拠点に活動していましたが、ロシア北部の風景を愛し、しばしばスケッチ旅行に出かけました。また、モスクワの救世主ハリストス大聖堂の装飾にも携わっています。

プリャニシニコフの代表作としては、「おどけた奴ら」の他に、「1812年」、「渡し守」、「農村の休息」などが挙げられます。これらの作品は、いずれも当時のロシア社会の姿をリアルに描き出し、彼の芸術的才能と社会に対する強い問題意識を伝えています。彼の作品は、現在ではトレチャコフ美術館やロシア美術館などで見ることができます。

プリャニシニコフは、その短い生涯の中で、数多くの優れた作品を残し、ロシア美術史に大きな足跡を残しました。彼は、社会の現実を直視し、人間の尊厳を訴え続けた画家として、今もなお多くの人々に敬愛されています。

もう一度検索