移動派

移動派（ペレドヴィージニキ）とは

19世紀後半のロシアで、リアリズム美術運動を牽引したグループです。正式名称は「移動美術展覧会協会」といい、ロシア各地を巡回する展覧会を主催したことから「移動派」と呼ばれています。この運動は、当時のロシア社会の現実を反映し、人々の生活や社会問題を深く掘り下げて描いたことで、美術界に大きな影響を与えました。

歴史的背景

1860年代、ロシアの帝国美術アカデミーは、社会批判的な作品の発表を制限するようになります。これに対し、アカデミーの教育方針に不満を抱いた14人の学生が卒業制作のテーマの自由を求めて反発しました。この事件は「14人の反乱」として知られています。彼らはアカデミーを離れ、芸術家のための自由な組織「芸術家協同組合」を設立。この協同組合が、後の移動派の母体となります。

1870年、イワン・クラムスコイ、グリゴリー・ミャソエドフ、ニコライ・ゲー、ワシーリー・ペロフらによって「移動展覧会協会」が設立されました。移動派は、1871年から1923年までの間に、サンクトペテルブルクやモスクワなどの主要都市に加え、キエフ、カザンなど地方都市でも展覧会を開催し、多くの人々に芸術に触れる機会を提供しました。

しかし、1890年代に入るとモダニズムの潮流が押し寄せ、「芸術は社会思想に従属すべきではない」という批判が移動派に向けられるようになります。また、協会内部でも対立が深まり、1901年には有力なメンバーが脱退。1923年、第48回展覧会を最後に移動派は公式に活動を終えました。

作風の特徴

移動派の作品は、ヴィッサリオン・ベリンスキーやニコライ・チェルヌィシェフスキーらの芸術論に影響を受けています。彼らは、芸術は思想の表明であり、現実の生活に根ざしているべきだと考えました。そのため、移動派の画家たちは、民衆の生活、社会問題、歴史的な出来事を、写実的な手法で描きました。彼らの作品には、民衆の貧困だけでなく、その美しさ、苦しみの中にある力強さ、そして忍耐力が表現されています。また、ロシア帝国の専制政治を批判し、ナロードニキ運動に共感する姿勢も、作品に色濃く反映されています。

絵画表現においては、従来の暗い色調から脱却し、より明るい色調を使い、光の表現にも新しい試みを行いました。人間の環境との関わりを重視し、自然な描写を追求したのも特徴です。ワシーリー・スリコフのような画家は歴史画において、民衆の姿を力強く描きました。

運営

移動展覧会協会は、帝国内のすべての地域にロシア美術を普及させ、芸術家の生活を支援することを目的としていました。展覧会では、絵画や複製写真の販売、入場料収入が運営費に充てられました。富豪のパーヴェル・トレチャコフは、早い段階から移動派の作品を収集し、その活動を支援しました。展覧会では、以前に一度も展示されたことのない新作のみを展示するという原則がありました。

メンバー

移動派には、帝国内の様々な地域から多くの画家が集まりました。ウクライナ、ラトビア、リトアニア、アルメニア出身の画家もいました。会員数は100人を超え、彫刻家のマルク・アントコリスキー、戦争画家のヴァシーリー・ヴェレシチャーギンらの作品も展覧会で展示されました。1890年代には、移動派のメンバーがペテルブルク美術アカデミーの体制にも加わり、自然主義的な傾向を示すようになりました。

アカデミーとの関係

移動派は、アカデミーからの独立を目指しましたが、完全に決裂していたわけではありません。設立メンバーであるクラムスコイが、アカデミー会員の肩書を使って声明を発表したように、アカデミー会員や教授職にある画家も参加していました。移動派は、アカデミーを利用しつつ、独自の活動を展開したと考えられます。

主なメンバー

創立メンバー

イワン・クラムスコイ
グリゴリー・ミャソエドフ
ワシーリー・ペロフ
ニコライ・ゲー
コンスタンチン・マコフスキー
ニコライ・マコフスキー
レフ・カーメネフ
ミハイル・コンスタンティノヴィッチ・クロット
ミハイル・ペトロヴィッチ・クロット
アレクセイ・コルズヒン
キリル・レモフ
イラリオン・プリャニシニコフ
アレクセイ・サヴラソフ
イヴァン・シーシキン
ヴァレリー・ヤコビ

参加メンバー

アルヒープ・クインジ
ワシーリー・マクシモフ
アレクセイ・ボゴリュボフ
コンスタンチン・サヴィツキー
ウラジーミル・マコフスキー
ヴィクトル・ヴァスネツォフ
ニコライ・ヤロシェンコ
イリヤ・レーピン
ヴァシーリー・ポレーノフ
ラファイル・レヴィツキー
ワシーリー・スリコフ
イサーク・レヴィタン
ニコライ・ドゥボフスコイ
イリヤ・オストロウーホフ
アブラム・アルヒーポフ
アンドレイ・リャブシュキン
ニコライ・アレクセーヴィチ・カサートキン
エミリヤ・シャンクス
ヴァレンティン・セローフ
アレクセイ・コリン
イヴァン・ポヒトノフ
ニコライ・ボグダノフ=ベルスキー
ミハイル・ネステロフ
アポリナリー・ヴァスネツォフ
ニコライ・ピモネンコ
ヴィトルド・ビヤリニツキー=ビリリヤ
アレクサンドル・モラホフ
ヴァルジェス・シュレニアンツ
ピョートル・ケリン

ゲスト出展

マルク・アントコリスキー
ダヴィド・ブルリューク
イサーク・ブロドスキー
ヴァシーリー・ヴェレシチャーギン
オイゲン・デュッカー
コンスタンチン・コローヴィン
フィリップ・マリャーヴィン
レオニード・パステルナーク
エレーナ・ポレーノヴァ
パオロ・トルベツコイ
エカテリーナ・ユンゲ
コンスタンチン・ユオン

移動派の活動は、ロシア美術の発展に大きな影響を与え、その作品は今日でも多くの人々に愛されています。

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