イラン・パッペ

イラン・パッペ（Ilan Pappé、1954年 - ）は、イスラエル出身の著名な歴史家であり、同時に精力的な政治活動家としても知られています。現在、イギリスのエクセター大学で教授を務めています。

来歴

パッペ氏は、イスラエル建国から間もない頃、港湾都市ハイファでユダヤ系市民として生を受けました。彼の両親は、ナチスの台頭を逃れるため、1930年代にドイツから当時のイギリス委任統治領パレスチナへ移住してきたユダヤ人です。18歳になるとイスラエル国防軍に入隊し、1973年に勃発した第四次中東戦争に兵士として従軍しました。戦後、ヘブライ大学で学び、1978年に卒業。その後、イギリスへ渡り、1984年にはオックスフォード大学で歴史学の博士号（PhD）を取得しました。

長年、ハイファ大学で教鞭をとっていましたが、自身の政治的な見解や学術的な主張が原因で、2007年に同大学を去ることになります。その後、イスラエル国内の他の大学からも任官を拒否されたため、最終的にイギリスのエクセター大学へと籍を移し、現在に至るまで教授として研究・教育活動を続けています。

政治活動と学術的立場

大学での研究活動の傍ら、パッペ氏は積極的に政治にも関わってきました。1996年と1999年のクネセト（イスラエル国会）総選挙では、共産主義を掲げる政党「ハダシュ」から比例代表制の候補者名簿に搭載され、7位で出馬しましたが、当選は果たせませんでした。

学術的には、1980年代後半にイスラエル国内で台頭した「新しい歴史家たち」（New Historians）と呼ばれるグループの主要な一員として知られています。このグループには、ベニー・モリスやアヴィ・シュライムらがおり、ジャーナリスト出身のトム・セゲヴを含める場合もあります。彼らの最大の特徴は、新たに公開された公文書などの史料を徹底的に分析し、イスラエル建国の歴史を実証的に再構築しようと試みた点にあります。

特にパッペ氏は、イギリス委任統治期における対パレスチナ政策に焦点を当て、1939年に発表された「パレスチナ白書」などを深く分析しました。彼は、当時のイギリスが必ずしもユダヤ人国家の建設のみを支持していたのではなく、むしろパレスチナに一つの国家を樹立することを志向していたと論じています。また、1948年の第一次中東戦争時に発生したパレスチナ難民問題についても、難民が自らの意思で故郷を去ったのではなく、イスラエル軍によって意図的に追放された結果であると強く主張しています。

思想と評価

パッペ氏の政治的スタンスは、極めて急進的な反シオニズムの立場に基づいています。彼はシオニズムをイスラーム過激派よりも危険な思想とみなし、イスラエル製品の国際的なボイコット運動や、世界の大学におけるイスラエル人教授の受け入れ拒否運動といった活動を全面的に支持しています。これは、かつて南アフリカのアパルトヘイト体制に対して行われた国際的な圧力を模倣するものです。

イスラエルとパレスチナの紛争解決策についても、イスラエル左派で主流となっている「二国家共存論」には反対しています。その代わりに、ユダヤ人とアラブ人が平等な立場で共存する一つの単一世俗国家の樹立こそが、永続的な平和をもたらすと訴えています。

さらに、彼の代表的な著作の一つでは、イスラエル建国期にパレスチナ人に対する「民族浄化」が行われたと明確に主張しています。これらの挑発的な主張は、イスラエル国内で非常に激しい反発を招き、彼は「国賊」と見なされることが少なくありません。その思想や活動ゆえに、殺害予告を受けたこともあります。

イスラエル国内の政治スペクトルにおいては、少なくともパッペ氏は極左的な思想を持つ人物と位置づけられています。彼の主張は、同じくユダヤ系イスラエル人で反シオニズムの立場をとるミシェル・ワルシャウスキーや、ユダヤ系アメリカ人でイスラエルの政策を批判するノーマン・フィンケルスタインといった学者・活動家の見解と共通する部分が多く見られます。

主な著作

『パレスチナの民族浄化：イスラエル建国の暴力』（田浪亜央江・早尾貴紀訳、法政大学出版局、2017年）
『イスラエルに関する十の神話』（脇浜義明訳、法政大学出版局、2018年）
* 『イラン・パペ、パレスチナを語る：「民族浄化」から「橋渡しのナラティヴ」へ』（ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉編訳、柘植書房新社、2008年）

彼の著作は、イスラエル建国史の主流解釈に挑戦し、特にパレスチナ側の視点や苦難に光を当てるものとして、国際的に大きな影響を与えています。

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