イングリア・フィン人

イングリア人とは、ロシア北西部、歴史的にイングリア（現在のサンクトペテルブルク周辺地域）に住むフィン系民族です。フィンランド語ではインケリライセト（inkeriläiset）またはインケリンスオマライセト（inkerin­suomalaiset）、ロシア語ではインゲルマンランドツィ（Ингерманландцы）と呼ばれます。

彼らのルーツは、17世紀のスウェーデン支配時代に遡ります。当時、フィンランドとイングリア地方はスウェーデン領であり、多くのフィン人がこの地に定住しました。世代を経て、彼らは独自の文化とアイデンティティを形成し、イングリアという土地に深く根付いた生活を営んできました。

しかし、20世紀に入ると、イングリア人は悲劇的な出来事に直面します。第二次世界大戦前後、ソビエト連邦政府による強制移住政策によって、多くのイングリア人が故郷を離れざるを得なくなりました。故郷を追われた人々は、ソ連邦内の各地へ散り散りに移住させられ、伝統的な生活様式や文化を維持することが困難な状況に置かれました。この強制移住は、イングリア人の歴史と文化に大きな傷跡を残しました。

今日、イングリア人はロシア連邦に住むフィン人の最大の集団を形成しています。サンクトペテルブルクには、25,000人を超えるイングリア人が暮らしているという記録もあります。彼らは、ロシア社会の中で独自の文化を保ちつつ、生活を営んでいます。ただし、ソ連時代の強制移住の影響は依然として残っており、故郷を失った人々の歴史的記憶と、現在の社会におけるアイデンティティの確立は、大きな課題となっています。

イングリア人の民族的特徴としては、スカンジナビア系のコーカソイド的な外見を持つ人が多いものの、遺伝子レベルではモンゴロイド系のハプログループNも低頻度で確認されています。これは、長い歴史の中で様々な民族集団との交流があったことを示唆しています。イングリア人の歴史は、複雑で、時に悲劇的な出来事に彩られたものであり、ロシアの歴史、フィンランドの歴史、そしてヨーロッパの歴史と深く結びついていると言えるでしょう。彼らの文化的遺産は、現代社会においても重要な研究対象であり、民族のアイデンティティと歴史の記憶を保存し、未来へと繋げていく努力が続けられています。現在も、ロシア国内だけでなく、フィンランドなど海外にもイングリア人のディアスポラが存在し、彼らの文化と歴史を継承する活動が盛んに行われています。 イングリア人の歴史を理解することは、ロシア北西部の歴史、そしてフィン人の歴史を理解することに繋がります。彼らの経験は、強制移住や民族的アイデンティティ、文化の保存といった、現代社会における普遍的な課題を考える上で、重要な示唆を与えてくれるでしょう。

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