インドとカナダの関係

インド・カナダ関係

インドとカナダの二国間関係は、両国が共有する民主主義の価値観、多文化主義への尊重、そして活発な人的交流を礎として築かれています。経済的なつながりも重要であり、2022年には両国間の貿易総額が151億4,000万カナダドルに達しました。

歴史的背景

19世紀

19世紀後半、カナダとインドが共にイギリス帝国の統治下にあった時代には、英印軍の退役軍人らが新たな生活を求めてカナダに移住しました。特にカナダ西部の人口が希薄な地域に多く定住し、法執行官や森林業、製材業などに従事しましたが、彼らは深刻な人種差別に直面しました。当時の社会経済システムは、様々な障壁を通じて、欧州系住民との直接的な交流を制限し、人種間の緊張を生み出しました。この根強い差別意識は、形を変えながらも現代のカナダ社会にも影響を与え続けており、両国の対外関係における潜在的な複雑さの一因ともなっています。

20世紀

20世紀に入ると、カナダのルイ・サンローラン、レスター・B・ピアソン両首相とインドのジャワハルラール・ネルー首相という指導者たちの個人的な関係が、二国間関係の強化に寄与しました。両国は国際連合やイギリス連邦といった国際的な場で、朝鮮戦争の休戦やスエズ危機など、多くの国際問題において共通の立場や目標を持って協力しました。1951年に始まったカナダの対インド援助は、コロンボ・プランの下で大幅に拡大し、食糧、プロジェクト資金、技術協力などが提供されました。過去50年以上にわたり、インドはカナダの二国間援助の主要な受領国の一つであり、その累計額は38億カナダドルを超えています。特に1960年代には、コロンボ・プランを通じてクンダ水力発電所計画が支援されました。

しかし、1974年5月のインドによる初の核実験「微笑むブッダ」は、両国関係に大きな影を落としました。この核兵器開発に使用された核分裂性物質が、カナダが供与したCIRUS原子炉で生成された疑いが指摘されたため、カナダ政府は1976年にインドとの二国間原子力協力関係を解消しました。以降、カナダは核拡散防止条約（NPT）および包括的核実験禁止条約（CTBT）に署名し、国際原子力機関（IAEA）による完全な保障措置を受け入れている国とのみ原子力協力を行う方針を打ち出しました。インドとパキスタンはNPTへの署名を一貫して拒否しており、これが両国関係の懸案事項となりました。インドはCTBTについても、一部の核実験しか禁止していないとして包括的ではないと批判し、署名に反対しました。しかし、2010年には新たな原子力協定が締結され、協力が再開。2015年には、インドへのウラン精鉱供給に関する長期契約が結ばれるに至りました。

政治的な交流も活発で、1949年にジャワハルラール・ネルーが、1973年にはインディラ・ガンディーが、それぞれインド首相としてカナダ議会の合同会議で演説を行いました。

1985年に発生したシーク教分離主義者によるエア・インディア182便爆破事件を受けて、両国はテロ対策に関する二国間協力を継続的に行っており、カナダ・インド戦略対話やテロ対策に関する作業部会が定期的に開催されています。

1990年代に入り、インドが大規模な経済改革を推進したことは、カナダ政財界の強い関心を引き、両国関係改善の重要な契機となりました。1996年1月にはカナダ首相による大規模な経済使節団がインドを訪問。その後も閣僚級や総督級の往来が頻繁に行われ、1997年にはチャンディーガルにカナダ高等弁務官事務所が設置されました。テロ対策に関する作業部会もこの頃から毎年開催されるようになります。

21世紀

2011年には両国政府の主導で「カナダにおけるインドの年」が実施され、商工会議所によるディアスポラ会議や国際インド映画アカデミー賞授賞式がカナダで開催されるなど、文化・人的交流が促進されました。

近年、両国関係には緊張が見られます。2018年2月のトルドー首相のインド訪問は、シーク教分離主義へのカナダの融和的な姿勢を巡って批判的な評価を受けました。2020年12月には、インドでの農民抗議運動に対するインド政府の対応についてトルドー首相が懸念を表明し、インド外務省がこれを内政干渉として非難するなど、摩擦が生じました。

2023年の外交危機

2023年9月のG20サミットでは、両国首相間の公式な会談は行われず、緊張を帯びた立ち話にとどまりました。モディ首相はカナダにおけるカリスタン運動への懸念を表明し、一方のトルドー首相はシーク教指導者ハーディープ・シン・ニジャール氏殺害へのインド政府の関与を示唆する「信頼できる疑惑」に基づき捜査を進めていると述べました。この発言後、両国間の外交関係は急速に悪化。互いに高位級の外交官を追放する事態に至りました。インド側は疑惑を根拠のない「滑稽」なものとして否定し、カナダ国内の「反インド活動」の高まりを理由に、カナダ滞在中のインド国民に最大限の注意を払うよう警告を発しました。カナダ側はこれに対し、カナダが安全でないとする警告を否定しました。さらにインドは、カナダ人に対する査証発給を一時停止しました。

ニジャール氏殺害事件に関する報道では、犯行が組織的であった可能性や、インドの情報機関がパキスタンの情報機関（ISI）と共謀した、あるいはISIが犯罪組織を利用したといった憶測も流れました。また、ニジャール氏の息子は、父親がカナダ安全情報局（CSIS）関係者と頻繁に接触しており、情報提供者であった可能性が報じられました。

インド側も、カナダにおけるインド外交官への脅迫や公館への襲撃、そしてインドがカナダ政府に引き渡しを要求している犯罪者に関する情報について懸念を表明しています。インド外相は、カナダがニジャール氏殺害に関する具体的な証拠を提示すれば、インドも対応すると改めて表明しました。

外交危機に関連し、カナダ政府のウェブサイトなどへのサイバー攻撃も報告されています。また、インド政府はカナダなどに滞在するカリスタン運動関係者の資産凍結や海外市民権証の取り消しといった措置をとる方針を示しました。

一連の危機後、トルドー首相は世界の舞台におけるインドの重要性を強調し、カナダと同盟国がインドに「建設的かつ真面目に」向き合うことが重要であると述べています。

2023年10月、インド政府はカナダに対し、約40人の外交官を期日までに国外へ退去させるよう要求しました。これに対し、カナダ側は41人の外交官とその家族がインドを出国したことを認め、インドに残るカナダ外交官は21名となったと発表しました。カナダ外相は、インドによる外交官追放は一方的な措置であり、カナダは同様の対抗措置をとらないと述べました。

両国関係は、歴史的な人のつながりと経済的な重要性を持ちつつも、根深い問題と近年の政治的な摩擦、特に2023年の深刻な外交危機によって、複雑かつ不安定な状況にあります。

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