イン・ザ・プール

『イン・ザ・プール』は、日本の作家・奥田英朗が手がける人気シリーズ「精神科医伊良部」の第一作として発表された短編小説集、およびその表題作です。また、この原作を基にした2005年公開の日本映画、そして2019年には舞台化も実現した、多岐にわたるメディア展開を遂げた作品群の中心的存在と言えます。第127回直木三十五賞の候補にも選出され、文壇からも高い評価を受けました。

物語の舞台は、伊良部総合病院の地下にひっそりと構える神経科。そこへやって来る様々な悩みを抱えた人々、そして彼らを診察する常識外れの精神科医・伊良部一郎との間で繰り広げられる、どこか滑稽で、しかし根源的な人間の内面に迫るエピソードが描かれています。

収録作品

本作には、以下の五編の短編小説が収められています。それぞれの作品で、ユニークな主人公たちが伊良部の診察室を訪れます。

「イン・ザ・プール」（初出：『オール讀物』2000年8月号） - プールに異常なほど執着するようになった出版社勤務の男性の物語。
「勃ちっ放し」（初出：『オール讀物』2001年8月号） - 予期せぬアクシデントで鎮まらなくなってしまったサラリーマンの苦悩を描く。
「コンパニオン」（初出：『オール讀物』2001年11月号） - 誰かに常に尾行されているような感覚に苛まれるイベントコンパニオンの女性。
「フレンズ」（初出：『別冊文藝春秋』237号（2002年1月号）） - 携帯メールのやり取りに依存し、手放せなくなってしまった高校生。
「いてもたっても」（初出：『オール讀物』2002年3月号） - 火の始末など、確認行為がやめられなくなったルポライター。

主要登場人物

伊良部一郎: 伊良部総合病院の御曹司であり、本作の中心人物である精神科医。35歳。色白で恰幅の良い体型、どこかマザコン気味で、患者を「いらっしゃーい」という甲高い声で迎えます。黄緑色のポルシェを愛車とし、注射を非常に好み、診察ではまず注射を打つのがお決まり。図太い神経と遠慮のない言動で患者や周囲を振り回し、プールに勝手に侵入しようとするなど破天荒な行動も厭いません。ボサボサの髪にはフケが見え、思いついたことは即実行に移すタイプ。父親は日本医師会の理事という立場です。

* マユミ: 伊良部の助手を務める若い看護師。茶髪で美人ですが、愛想には欠けます。ミニスカートなど、セクシーで露出の多いナース服を好んで着用しており、その姿はまるで露出狂のようだと描写されます。一人でいることを好み、友人もいないようです。

メディア展開

映画

2005年 5月21日に公開された映画版は、原作から「イン・ザ・プール」「勃ちっ放し」「いてもたっても」の三編を基に制作されました。各エピソードをオムニバス形式ではなく、それぞれの物語が緩やかにリンクしながら同時進行で描かれる構成が特徴です。

主要キャストとして、伊良部一郎を松尾スズキ、田口哲也をオダギリジョー、岩村涼美（原作では男性設定）を市川実和子、大森和雄を田辺誠一、マユミちゃんをMAIKOが演じました。監督・脚本は三木聡が務め、エンディングテーマにはシュガー・ベイブの「DOWN TOWN」、テーマソングには大滝詠一の「ナイアガラ・ムーン」が使用されています。

アニメ

2009年10月からは、フジテレビの「ノイタミナ」枠で、「精神科医伊良部シリーズ」が『空中ブランコ』のタイトルでアニメ化されました。本作からは「勃ちっ放し」（第2話）、「フレンズ」（第6話）、「いてもたっても」（第8話）がアニメ化され、さらに「コンパニオン」は「天才子役」とサブタイトルを変更し第9話として映像化されています。

舞台

2019年には二人芝居として舞台化されました。伊良部一郎を渡辺徹が、大森和雄を内博貴が演じ、上演台本・演出は笹部博司が担当。新潟、兵庫、東京など各地で上演されました。

オーディオブック

2010年11月26日には、ダイスクリエイティブよりオーディオブック版が発売されました。声優ユニット「つきねこ座」のメンバーがキャストを務めています。CD媒体に加え、オトバンクの「FeBe」でも配信されています。ただし、「勃ちっ放し」と「いてもたっても」はCDには収録されておらず、配信限定での視聴購入が可能でした。

シリーズ作品

「精神科医伊良部シリーズ」としては、本作に続き『空中ブランコ』、『町長選挙』が刊行されています。奇妙ながらもどこか憎めない精神科医・伊良部の活躍は、これらの続編でも描かれています。

魅力

『イン・ザ・プール』は、現代社会に潜む様々な「困った」症状を抱えた人々が、型破りな伊良部の診察を受けることで、皮肉とユーモアを交えつつも、自身の内面と向き合っていく姿を描いています。一見荒唐無稽な伊良部の治療法が、結果的に患者の心を解きほぐしていく過程は、読者に爽快感と、時に切ない共感を呼び起こします。各短編が高い完成度を持ちながら、全体としてシリーズの個性的な世界観を確立した作品です。

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