ウィリアム・パーソンズ (第3代ロス伯爵)

ウィリアム・パーソンズ第3代ロス伯爵：19世紀を代表する天文学者

ウィリアム・パーソンズ、第3代ロス伯爵（1800年6月17日-1867年10月31日）は、アイルランドを代表する天文学者であり、貴族、そして政治家として多様な顔を持つ人物でした。一般にはロス卿として知られており、その卓越した観測技術と、当時としては世界最大級の望遠鏡による星雲・銀河の観測で、天文学の歴史に名を刻んでいます。

華麗なる経歴と巨大望遠鏡

1800年、ヨークに生まれたロス卿は、ダブリン大学トリニティ・カレッジとオックスフォード大学モードリン・カレッジで教育を受けました。1831年には王立協会フェローに選出され、1848年から1854年まで同協会の会長を務めるなど、学界での高い地位を確立しました。

彼の生涯における最大の功績は、なんと言ってもアイルランドのパーソンズタウン（当時バール）に建設した口径72インチの巨大望遠鏡でしょう。このニュートン式反射望遠鏡は「パーソンズタウンのリヴァイアサン（怪物）」と呼ばれ、1917年にウィルソン山天文台の口径100インチ望遠鏡が登場するまで、半世紀以上に渡って世界最大の望遠鏡であり続けました。

この望遠鏡の製作には、当時としては画期的な技術革新が数多く盛り込まれていました。それまでの望遠鏡製作技術は秘密主義的な傾向が強かったため、ロス卿は独自の技術開発を余儀なくされ、その技術的・建築的な素晴らしさは、イギリス連邦全土で広く称賛されました。望遠鏡の鏡は銅と錫の合金（スペキュラム合金）で作られていましたが、湿気に弱く、6ヶ月ごとに再研磨する必要があったため、彼は2枚の鏡を用意して使用していました。ジャガイモ飢饉の影響で建設が中断される時期もありましたが、1847年には観測を開始し、18等星まで観測できる高い集光力を発揮しました。しかし、アイルランドの気候は天文観測には必ずしも恵まれておらず、観測可能な夜が少ないという課題にも直面しました。

星雲研究のパイオニア

ロス卿は、この巨大望遠鏡を用いて、数々の先駆的な天文学研究を行いました。彼の最も重要な成果の一つは、いくつかの星雲に渦巻状の構造があることを発見したことでしょう。これは、今日では渦巻銀河として知られる天体の存在を示唆する重要な発見であり、彼が見つけたM51（子持ち銀河）のスケッチは、現代の写真と驚くほどよく一致しています。また、M1（かに星雲）を命名したのも彼であり、そのスケッチは、彼が使用した望遠鏡の進化と、観測技術の進歩を如実に示すものとなっています。

彼の研究の大きなテーマは、「星雲説」の検証でした。この仮説は、惑星や恒星がガス状の星雲から重力の作用で生まれるというもので、ロス卿は星雲がガスではなく、無数の暗い星が集まったものであると考えていました。特にオリオン大星雲の観測において、彼はその構成要素を個々の星に分解したと主張しましたが、これは、宇宙が進化するという当時の主流の考え方への挑戦でもありました。この主張をめぐっては、ウィリアム・ハーシェルらとの間で論争が巻き起こり、観測技術や解釈の違いから決着を見ることはありませんでしたが、彼の研究は後の天文学の発展に大きな影響を与えました。

多才な人物像

ロス卿は天文学者としての顔だけでなく、政治家としても活躍しました。1821年から1835年まで庶民院議員を務め、1829年のローマ・カトリック信徒救済法や第1回選挙法改正に賛成票を投じるなど、積極的な政治姿勢を示しました。1839年にはキングス・カウンティ県長官、1845年にはアイルランド貴族代表議員に選出され、1862年にはダブリン大学の学長に就任するなど、幅広い分野でリーダーシップを発揮しました。

1836年に結婚した彼は7男4女に恵まれましたが、幼い頃に夭折した子供も複数いました。1867年、ダブリンで生涯を閉じました。彼の功績は、天文学における技術的進歩だけでなく、天文学的観測データの蓄積、そして科学的議論における積極的な姿勢という多面的な貢献として高く評価され、現代天文学の礎を築いた人物の一人として記憶されています。

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