ウイルス血症

ウイルス血症（viremia）とは、ウイルスが血液中に侵入し、血流に乗って全身を移動する医学的な病態を指します。これは、細菌が血流に入る状態である菌血症と類比的に理解されることがあります。ウイルス血症は、感染症の病態進行において非常に重要な段階であり、ウイルスが全身の標的組織に到達するための主要な経路となります。

一次ウイルス血症は、ウイルスが最初に生体に感染した部位から増殖し、初めて血流へと放出される段階を指します。

例えば、狂犬病ウイルスを例に見てみましょう。狂犬病に罹患した動物に咬まれた場合、ウイルスは咬傷部位の筋組織に侵入し、そこで増殖を開始します。この初期感染部位で一定量に増殖したウイルスが血中へと放出されることで、一次ウイルス血症が引き起こされます。

一次ウイルス血症が生じる前の段階、あるいは感染が疑われるが診断が確定していない時期（これを「暗黒期」と呼ぶこともあります）にワクチンを投与することは、体内に免疫応答を誘導し、ウイルスの増殖や拡散を抑え込む目的で行われます。しかし、感染した個体の免疫系が速やかに有効な抗体を産生できないような状況では、一次ウイルス血症の発現は、ウイルスが既に初期感染部位から全身へと広がり始め、標的となる宿主細胞への感染が間近に迫っていることを示唆します。

一次ウイルス血症によって血液中に放出されたウイルスは、血流という効率的な輸送システムを利用して全身を巡ります。そして、初期感染部位よりもウイルスが増殖しやすい特定の細胞や組織、すなわち自然宿主細胞へと到達し、次なる感染を引き起こす準備を整えます。

二次ウイルス血症

二次ウイルス血症は、一次ウイルス血症によって全身に運ばれ、新たに感染・増殖した組織から、再び血液やリンパ液といった循環系にウイルスが放出される状態を指します。これは、感染が次の段階へ移行し、しばしば病気の症状が顕著になる時期と関連が深いです。

再び狂犬病の例を挙げます。一次ウイルス血症により全身に拡散した狂犬病ウイルスは、特に中枢神経系（脳や脊髄）といった組織に到達し、そこで感染・増殖を開始します。この中枢神経系がウイルスにとっての第二の主要な感染部位となり、ここでウイルスが活発に増殖することで、狂犬病に特徴的な重篤な神経症状が発現します。

中枢神経組織、特に脳内で大量に増殖したウイルスは、再び血中へと放出されます。これが二次ウイルス血症です。狂犬病では、一度発症して脳でのウイルス排出が始まった後は、病状が急速に進行します。中枢神経系の機能障害により、通常は発症から1週間程度で呼吸困難などを来して死に至ることが多いです。ヒトが狂犬病に発症した場合、残念ながら有効な治療法は確立されておらず、免疫応答が間に合う前に死に至るため、発症後にワクチンを接種しても、ウイルス血症や神経障害の進行を食い止めることはほぼ不可能です（過去に一例だけ、例外的に治癒した報告はありますが、極めて稀です）。したがって、狂犬病においては、二次ウイルス血症が始まる前、つまりウイルスが中枢神経系に到達する前の段階でのワクチン接種が、感染後の発症予防として非常に重要となります。

ウイルスは、感染した細胞のDNA転写機構などを利用して自己を複製し増殖します。この増殖プロセスを完全に停止させることは極めて困難です。そのため、狂犬病のように発症してしまった場合の治療は、変質した組織の除去や、薬剤を用いてウイルスの増殖基盤となる細胞の活動を抑制することなどが中心となりますが、これには強い副作用を伴うこともあります。このような状況において、ウイルスの排除や増殖抑制において中心的な役割を果たすのが、生体本来の免疫系です。抗ウイルス治療を考える上で、免疫応答の誘導や機能強化は極めて重要な要素となります。

能動的ウイルス血症と受動的ウイルス血症

ウイルス血症は、その発生機序によって「能動的」と「受動的」に分類されることがあります。

能動的なウイルス血症は、ウイルスが宿主細胞内で実際に複製・増殖し、その結果として生み出されたウイルス粒子が血流に放出されることによって起こります。例えば、麻疹ウイルスは呼吸器の上皮細胞で増殖し、その後、増殖したウイルスが組織の深部にある毛細血管や血管に侵入することで、一次ウイルス血症を引き起こします。ここではウイルスの複製というプロセスが必須です。

一方、受動的なウイルス血症は、ウイルスが体内で増殖することなく、外部から直接血流に侵入することによって起こります。これには、ウイルスを媒介する蚊に刺された際にウイルスが傷口から血流に入るケースや、ウイルスに汚染された血液の輸血を受けることでウイルスが血管内に入るケースなどが該当します。この場合、ウイルスの複製はウイルス血症発生の直接的な原因ではありません。

もう一度検索