ウンカ

ウンカ

ウンカは、イネをはじめとする様々な植物に被害をもたらす可能性のある昆虫の総称です。体長はおよそ5ミリメートル程度の比較的小さな虫で、分類学的にはカメムシ目ヨコバイ亜目に属します。特定の単一の種を指す標準和名ではなく、この仲間のうち、アブラムシやキジラミ、カイガラムシ、セミといった一部のグループを除いた小型の昆虫を広く含んでいます。そのため、「ウンカ」という名が付けられた分類群は数多く存在します。

生態と飛来

多くのウンカは優れた飛翔能力を持ち、特にイネの主要な害虫として知られる一部の種は、海を越えて長距離を移動します。例えば、セジロウンカやトビイロウンカなどは、主に東南アジア方面から偏西風などの気流に乗って毎年日本の水田地帯へ飛来することが知られています。これらの飛来量がその年の稲作におけるウンカ被害の規模を左右することが少なくありません。

ウンカは生涯の間に翅の形が変化する「翅多型」という性質を持ちます。長距離移動に適した長い翅を持つ個体（長翅型）に対し、定着して繁殖する時期には短い翅の個体（短翅型）が多く出現します。短翅型は飛ぶ能力が限られますが、その場で効率的に繁殖するため、局所的に個体数が爆発的に増加する原因となります。

害虫としての被害

ウンカの大きな問題は、大発生時にイネなどの作物の汁を吸い、生育を著しく阻害することです。特に短翅型が増殖した場所では、多数のウンカが一斉に吸汁することで株が急激に弱り、水田の一部が円形に枯れてしまう現象が発生します。これは「坪枯れ（つぼがれ）」と呼ばれ、甚大な収穫減につながります。また、ウンカの排泄物である甘露にすす病菌が付着・繁殖し、「すす病」を引き起こすこともあります。これは葉の表面を覆って光合成を妨げ、作物の生育に悪影響を与えます。

日本のイネ作にとって特に重要な害虫としては、前述のセジロウンカ（Sogatella furcifera）、トビイロウンカ（Nilaparvata lugens）に加え、ヒメトビウンカ（Laodelphax striatellus）が挙げられます。中でもヒメトビウンカは日本の本州以南で越冬できる耐寒性を持ち、イネ以外の様々なイネ科植物も加害します。さらに、イネ縞葉枯病やイネ黒すじ萎縮病といった、一度発病すると防除が困難な恐ろしい植物ウイルス病を媒介することが、この種の最大の脅威とされています。

歴史と対策

ウンカによる被害は古くから認識されており、特に大発生は飢饉の引き金となることもありました。江戸時代の享保年間（1716-1736年）や天保年間（1830-1844年）に発生した広範囲にわたる大飢饉の原因の一つに、ウンカの異常発生による稲作への壊滅的な被害があったとされています。このため、稲作文化が根付いた地域では、ウンカは「蝗害（こうがい）」と呼ばれる広義の害虫被害の中でも特に恐れられる存在でした。

ウンカ対策としては、古来より様々な方法が試みられてきました。江戸時代には、現在の福岡県にあたる筑前国で開発されたとされるユニークな物理的防除法がありました。これは、水田の水面にわずか数滴の鯨油を薄く張り、そこにウンカを棒などで叩き落として油膜によって窒息死させるというもので、当時広く実践されました。

現代においては、ネオニコチノイド系をはじめとする様々な種類の殺虫剤を用いた化学的防除が一般的です。また、水面に展着剤などを加えて表面張力を変化させ、物理的にウンカを駆除する方法なども用いられています。

害虫以外の側面と利用

一方で、ウンカには害虫という側面だけではない性質や、人間による特殊な利用例も存在します。例えば、ウンカ類を捕食する小型のトンボなどは、ウンカの数を抑制する天敵として益虫と考えられています。また、近年の研究では、ウンカが比較的少数発生している場合、イネが持つ細菌性病原体に対する抵抗力を高める可能性も示唆されており、状況によっては植物にとって有益な影響を与える側面を持つことも考えられています。

さらに興味深いのは、ウンカの一種であるチャノミドリヒメヨコバイ（Empoasca onukii）が、一部の高級茶の生産に不可欠な役割を果たしている例です。台湾の高級烏龍茶である「東方美人（オリエンタルビューティー）」や、インドのダージリン地方で生産される一部の高品質な紅茶は、このウンカが茶葉を吸汁する際に、茶の木が特定の香気成分を生成する性質を利用して作られています。ウンカによる食害が、これらの茶葉に独特の甘く芳醇な香りをもたらすのです。

このように、ウンカは単なるイネの害虫というだけでなく、生態系の中で様々な役割を果たし、さらには人間の営みにおいて特別な価値を持つ場合もある、多様な側面を持つ昆虫群と言えます。

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