エケムモーン

エケムモーン（Echemmōn）

ギリシア神話に登場する人物、エケムモーンは、トロイアを統治した偉大な王プリアモスの子息の一人として知られています。その名は古希臘語でἘχέμμωνあるいはἘχέμμονと表記され、日本語文献ではエケムモン、あるいはエケンモンという表記も見られます。

家系と背景

プリアモス王は、ヘカベーをはじめとする複数の妃や女性との間に、多数の子をもうけたことで知られています。ホメロスの叙事詩『イリアス』によると、彼には50人の息子と12人の娘がいたとされており、エケムモーンもその中の数多くいる王子たちの一人でした。彼の兄弟姉妹の中には、トロイア随一の英雄ヘクトールや、予言者カッサンドラ、勇猛な戦士パリスなどがおり、それぞれがトロイアの命運をかけた戦いにおいて重要な役割を果たしました。エケムモーンは、特に兄弟であるクロミオス（古希臘語: Χρόμιος）とは固い絆で結ばれていたと伝えられています。

トロイア戦争での参戦

ギリシア連合軍（アカイア軍）とトロイア軍が激突した壮大なトロイア戦争において、エケムモーンは祖国トロイアを守るために戦場に身を投じました。彼は兄弟のクロミオスと常に共に行動し、二人は一組となって同じ戦車に乗り込み、共に敵に立ち向かいました。戦車は当時の戦場における重要な兵器であり、兄弟が同じ戦車で戦う姿は、その連帯と勇気を示すものであったと言えます。

ディオメーデースによる最期

しかし、彼らの戦いは長くは続きませんでした。トロイア戦争には、アカイア軍からも数多くの名だたる英雄が参戦しており、その中でも特に武勇に優れていたのが、アルゴスの王テューデウスの子、ディオメーデースでした。ディオメーデースはアテーナー女神の加護を受け、その武力はアキレウスや大アイアースにも比肩しうるほどでした。戦場でエケムモーンとクロミオスの兄弟は、この強力な英雄ディオメーデースと相まみえることになります。

激しい戦闘の中、エケムモーンとクロミオスは勇敢に戦いましたが、非情にもディオメーデースの手によって命を落とすこととなります。兄弟は共に討たれ、戦場に倒れ伏しました。勝者であるディオメーデースは、彼らの屍から身につけていた立派な武具、そして二人が共に乗っていた戦車を戦利品として奪い取りました。これは古代の戦いにおける慣習であり、敗者の武具を奪うことは勝者の栄誉と富を増す行為でした。

神話における記録

エケムモーンについての記述は、ホメロスの大叙事詩『イリアス』の中に見られます。彼の死は、トロイア戦争におけるアカイア軍の優勢、特にディオメーデースの圧倒的な武力を示すエピソードの一つとして描かれています。また、偽アポロドーロスによる『ギリシア神話』など、他の神話文献にも彼の存在が言及されています。ただし、彼の事績に関する記録は非常に限定的であり、他の著名な英雄たちに比べて詳しい描写は多くありません。ヒュギーヌスによる『ギリシャ神話集』のプリアモスの子息リストには、彼の名前は含まれていないことから、神話伝承の様々なバリエーションや、個々の人物の重要度に関する資料間の差異がうかがえます。

短い生涯ではありましたが、エケムモーンはトロイアの王子として、そして祖国を守るために戦った戦士として、ギリシア神話の歴史にその名を刻んでいます。兄弟クロミオスと共に戦車を駆り、強敵ディオメーデースに挑んで散った彼の運命は、トロイア戦争における数多くの悲劇の一つとして語り継がれています。

もう一度検索