エッケ・ホモ (カラヴァッジョ、マドリード)

カラヴァッジョ作『エッケ・ホモ』：知られざる傑作の発見と波乱の歴史

『エッケ・ホモ』は、バロック期の巨匠ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョに帰属される絵画であり、その真作をめぐっては様々な議論がなされてきました。17世紀にスペイン王フェリペ4世のコレクションとなり、その後個人所有を経て、近年になってカラヴァッジョの作品として再評価されるまでの、数奇な運命をたどった作品です。

歴史

本作は1605年から1609年の間に描かれたと考えられています。スペインにもたらされた後、総督の書記や伯爵を経てフェリペ4世のコレクションに収められました。その後、スペインの首相マヌエル・デ・ゴドイの手に渡り、王立サン・フェルナンド美術アカデミーに移管。19世紀にはエバリスト・ぺレス・デ・カストロのコレクションとなり、その子孫によって2021年4月に競売に出されました。当初はホセ・デ・リベーラ周辺の画家の作品として出品されましたが、スペイン政府が専門家の意見を受け、カラヴァッジョの作品である可能性を指摘したため、競売は中止となりました。その後、個人所有者によって購入され、プラド美術館に寄託。2024年5月27日より展示されています。

主題

『エッケ・ホモ』は、新約聖書に記された、磔刑に処される前のイエス・キリストが群衆に晒される場面を描いています。ローマ総督ピラトは、イエスを謀反人として引き出しますが、ユダヤの人々に処遇を委ねます。ピラトは群衆にイエスとバラバのどちらを釈放するかを問いかけますが、群衆はバラバを選びます。兵士たちはイエスに茨の冠を被せ嘲笑い、ピラトは「エッケ・ホモ（この人を見よ！）」と言い放ちます。

作品

画面には、茨の冠を被り血を流すイエスと、その前に立つピラトが描かれています。背後には赤い衣を捧げ持つ兵士がいます。茨の冠、赤い衣、葦の笏は、イエスがユダヤ人の王であるという主張を嘲るものです。バルコニーの欄干にもたれかかるピラトは、群衆と鑑賞者を直接見つめ、優柔不断な様子を見せています。劇的な明暗法（キアロスクーロ）で明るく照らし出されたイエスが構図の中心を占め、その顔と身体に見られる血の滴りは、兵士が肩に掛けた赤い衣と呼応し、青白い身体と対照的です。悲しみと諦観を示すイエスは、画面の対角線上に配置され、口を開けた兵士は群衆に向かって叫んでいるように見え、作品の劇的な性格を高めています。

帰属

競売に出された当初、本作はホセ・デ・リベーラ周辺の画家の作品とされていましたが、研究者たちが作品の細部に注目したことから、カラヴァッジョの作品として再評価されるようになりました。筆致、絵画のサイズ、そしてカラヴァッジョの他の作品との類似性が、その根拠とされています。マリア・クリスティーナ・テルザーギは、イエス・キリストの頭部と胴体、そして絵画に見られる「3人物の三次元的特質」をカラヴァッジョ作とする根拠として挙げています。また、赤い衣が『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ』に見られる赤い衣と類似していることや、『ロザリオの聖母』のようなカラヴァッジョの他の作品との類似性も指摘されています。しかし、カラヴァッジョへの帰属については、研究者間で議論が続いており、真筆ではないという意見も存在します。

参考資料

大島力『名画で読み解く「聖書」』世界文化社、2013年
プラド美術館公式サイト

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