エヒタナハの踊りの行進

エヒタナハの踊りの行進：信仰と伝統が織りなす聖なる舞踏

ルクセンブルクの小都市エヒタナハ。ドイツ国境に近いこの町は、聖ウィリブロルドにゆかりの深い場所として知られています。聖ウィリブロルドはアイルランド出身の宣教師で、現在のベルギーやオランダで布教活動を行い、後にユトレヒトの初代司教に就任。その後、モーゼル地方に宣教の場を移し、王女イルミニヤから寄進された地にて修道院を創建しました。この修道院は現在、ギムナジウムとして使われています。聖ウィリブロルドはエヒタナハで没し、彼が埋葬された聖堂は、第二次世界大戦の戦災で焼失しましたが、その後再建されました。

この聖堂を中心に、毎年ペンテコステの翌々日の火曜日には、独特の踊りの行進「エヒタナハの踊りの行進(Iechternacher Sprangprëssessioun)」が行われます。2010年にはユネスコの世界文化遺産に登録されたこの行進は、ルクセンブルクのみならず、オランダ、ベルギー、ドイツなど近隣諸国からも多くのグループが参加し、600組以上の参加者たちが集う大規模なイベントです。

早朝の礼拝の後、聖職者と合唱隊を先頭に、白シャツに身を包んだ男性たちが横4列に並び、白いハンカチを端と端で持ちながら行進を開始します。このハンカチは、踊りの最中に列が乱れないようにするための工夫です。踊り手たちは3歩進んで2歩下がる独特のステップを踏みながら進みます。かつては5歩進んで2歩下がるステップだったとも言われています。このステップの意味については、イエス・キリストの復活を祝う太陽の躍動を表している、太陽の中の神の子羊の舞踏を表しているなど、様々な解釈があります。三位一体を象徴する、夏と冬の移ろいを表す、異教徒に対するキリスト教の勝利を表す、といった説も存在し、その起源や意味については諸説が飛び交っています。

軽快なステップで踊る男性たちの後には、ヒールのついた靴を履いた女性たちが続きます。女性たちはジャンプするのではなく、頭を振り、肩を上下させる優雅な動きで参加します。その後には一般参加者や巡礼者たちが加わり、聖堂へと向かいます。2時間以上にわたる行進は、聖堂に戻って一巡した後、歌を歌いながら石段を上り、祭壇や地下室（クレプタ）、聖遺物を安置する場所へと続きます。聖遺物にたどり着くと、踊りは最高潮に達します。かつては病気を患う人々も参加し、死者が出ることもあったと伝えられています。

踊りの起源については、聖ウィリブロルドが祭壇を背負って踊りながら布教したという伝説や、1349年のペストの大流行時に聖堂への参拝者が増え、1374年頃に始まったという説、家畜の病気流行を契機に始まったという説、8世紀には既に存在していたという説など、様々な説があります。中世の災害や戦争などによる社会不安が、熱狂的な聖堂参拝と踊りの発生を促した可能性も指摘されています。

興味深い逸話として、ハンチントン病の妻を殺害された吟遊詩人が、無実の罪で死刑となる直前にフィドルを奏で、人々が踊り狂う騒ぎになったのを聖ウィリブロルドが鎮めたという物語も伝えられています。この物語は、現在の踊りの行進が、この吟遊詩人への贖罪の意味も込めているという解釈につながっています。聖ウィリブロルド自身が踊りを考案し、広めたという説もあります。かつてはキリスト教においても踊りが重要な役割を果たしていたが、いつしか世俗のものとなった中、エヒタナハの踊りの行進は宗教と踊りの歴史的なつながりを示す貴重な存在と言えます。現在では、ベネディクト派の感謝の歌が歌われ、聖ウィリブロルドへの感謝の念も込められています。1450年頃には既にこの踊りが行われていたとされ、大変歴史のある行事です。

旅行雑誌『タイム』は、エヒタナハの踊りの行進を「ルクセンブルクを訪れる5つの理由のうちの1つ」として紹介しており、ユネスコ無形文化遺産リストにも登録されています。宗教的な背景と歴史、そして独特のステップが織りなす、エヒタナハの踊りの行進は、人々の信仰と伝統が今も息づく、神秘的で力強い祭りです。

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