エミール・ルモワーヌ

エミール・ミシェル・イアサント・ルモワーヌ（1840年 11月22日生 - 1912年 2月21日没）は、19世紀から20世紀初頭にかけてフランスで活躍した傑出した数学者であり、同時に土木工学者としての顔も持っていました。彼の主要な貢献は幾何学、特に近代三角形幾何学の分野にあります。生涯を通じて、教育、研究、そして工学実務に携わり、多岐にわたる活動を展開しました。

生涯の軌跡

ルモワーヌはフランス北西部、フィニステール県カンペールにて、軍務経験を持つ父のもとに生まれました。幼い頃からその才能を認められ、奨学金を得てラ・フレーシュの陸軍幼年学校に進学します。この頃すでに数学に深い関心を示し、三角形の性質に関する短い論文を専門誌に発表しています。

12歳でパリの名門エコール・ポリテクニークへの入学資格を得ますが、同年には父を亡くすという経験もしています。ポリテクニークでの学生生活と並行して、音楽の才能も発揮し、トランペット奏者として活動しました。特に、影響力のある室内管弦楽団「ラ・トロンペット」の創設に携わり、著名な作曲家カミーユ・サン＝サーンスが指揮を執ることもありました。

1866年にポリテクニークを卒業後、当初は法律家を目指した時期もありましたが、当時の政治体制との思想的な相違から断念。その後は様々な教育機関で学び、また教鞭をとりました。パリ市内の科学機関で講師を務めたり、個人教授として指導にあたったりした後、母校エコール・ポリテクニークの教授職に就任します。

1870年頃、喉の病により教職を一時中断せざるを得なくなります。この期間に自身の数学研究を深め、いくつかの論文を発表しました。また、フランス数学会やフランス物理学会など、当時の主要な科学学術団体の設立にも積極的に関与しました。

パリ・コミューンの混乱期を経て、彼は土木工学の道に進み、パリ市に奉職しました。ガス供給部門の責任者であるチーフインスペクターにまで昇進し、1896年までその職を務めました。工学実務と並行して、数学の研究・発表も継続しました。

数学への貢献

ルモワーヌ点とルモワーヌ円

ルモワーヌの幾何学における最も著名な業績は、三角形内の「ルモワーヌ点」に関する研究です。1874年の論文「三角形における逆平行中線の中心の性質について」において、三角形の各頂点から引かれた中線に対し、角の二等分線に関して対称な位置にある直線（類似中線）が一点で交わることを証明しました。この交点が後にルモワーヌ点と呼ばれるようになります。彼はまた、ルモワーヌ点を通り各辺に平行に引いた直線が、三角形の辺と交わる6つの点が同一円周上にあることを発見しました。この円は第一ルモワーヌ円、あるいは単にルモワーヌ円として知られています。

ジオメトログラフィー

晩年、ルモワーヌは「ジオメトログラフィー（幾何学または幾何学的構造の芸術）」と題する、定規とコンパスによる作図に関する理論的研究を発表しました。これは、作図プロセスを少数の基本的な操作に分解し、その「単純さ」を定量的に測定しようとする試みでした。彼は、自身が考案したこの手法を自身の最も重要な功績と考えていましたが、当時の数学界における評価は期待したほどではありませんでした。しかし、作図の効率化や理論的考察という点で、後の研究に影響を与えました。

ルモワーヌの予想

幾何学以外の分野でもルモワーヌは貢献を試みました。1894年には、数論における予想を提唱しました。これは、3より大きい全ての奇数は、2つの素数 p と q を用いて 2p + q という形で表せる、というものです。この予想は「ルモワーヌの予想」として知られ、現代においても未解決問題の一つであり、その後の数論研究者によって拡張された形でも研究されています。

学術界への貢献

ルモワーヌは、自身の研究発表にとどまらず、数学研究の普及と交流にも力を注ぎました。特に重要なのは、1894年に友人シャルル＝アンジュ・レザンと共に創刊した数学専門誌「L'Intermédiaire des mathématiciens」です。彼はこの雑誌の初代編集者を務め、数学に関する情報交換や議論のための貴重な場を提供しました。

評価と影響

ルモワーヌは、ネイサン・アルトシラー・コート、アンリ・ブロカール、ヨーゼフ・ノイベルグといった同時代の数学者たちと共に、18世紀末以降に発展した「近代三角形幾何学」という分野の礎を築いた一人として高く評価されています。この新しい幾何学は、従来の距離や角度の測定に偏らず、点の共線性や円周上の点の性質といった、より抽象的な概念に焦点を当てるものでした。彼のルモワーヌ点やジオメトログラフィーに関する研究は、この分野の発展に不可欠な要素となりました。

その功績に対し、1902年にはパリ科学アカデミーからフランクール賞を受賞しています。アメリカ数学協会のある出版物は、「近代三角形幾何学の運動において、ルモワーヌ以上に栄誉が与えられるべき幾何学者はいない」と述べるほど、彼の貢献は高く評価されています。

1895年に数学研究の第一線からは退いたものの、その後の活動も継続しました。1912年、71歳でパリの自宅にて死去しました。ルモワーヌの業績は、今日に至るまで幾何学の研究に大きな影響を与え続けています。

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