エルサレムのキュリロス

エルサレムの聖キュリロス：4世紀を代表する教会指導者

4世紀、エルサレム教会を導いた聖キュリロス（313年頃～386年）は、正教会、カトリック教会、聖公会で聖人として崇敬される著名な神学者です。カトリック教会では教会博士にも列せられています。現代ギリシャ語では「キリロス」、日本正教会では「イェルサリムの聖キリル」など、表記に違いが見られますが、その生涯と業績はキリスト教史において重要な位置を占めています。350年から386年までエルサレム主教を務め、その間、アリウス派との激しい論争に巻き込まれながらも、教会の統一と信仰の確立に尽力しました。

揺るぎない信仰と激しい論争

エルサレムで生まれ育ち、修道生活を送ったキュリロスは、346年頃に司祭に叙階されました。351年にはエルサレム主教に就任しますが、この頃からアリウス派との対立が激化します。カイサリアの主教アカキオスは当初キュリロスを支持していましたが、後にアリウス派に傾倒し、キュリロスに同調を迫るようになりました。この対立は、357年のエルサレム地方会議でキュリロスが追放されるという結果に終わります。しかし、キュリロスの高い名声は追放先タルソでも衰えず、359年のセレウキア教会会議でアカキオスが罷免され、キュリロスは主教職に復帰することとなります。しかし、360年には再びアリウス派勢力によって流罪を余儀なくされました。

ユリアヌス帝の即位によって再びエルサレム主教の座に復帰したキュリロスは、ユダヤ教の優遇策や様々な異端の台頭といった困難な状況の中、エルサレム教会の指導者として揺るぎない信仰と指導力で教会を導きました。異端との論争、教会の和解、そして信仰教育に力を注ぎ、381年の第一コンスタンティノポリス公会議にも参加しています。386年に安らかに生涯を終えました。

洗礼を受ける人々への啓蒙

キュリロスの著作は、洗礼をこれから受ける者、そして洗礼を受けたばかりの人々への教えを中心に構成されています。洗礼の意義、教義、そして教会の儀式について、平易な言葉で説明されており、サクラメント（秘蹟）に関する記述も含まれています。「生神女（テオトコス）」という用語も用いられており、当時の教会観を反映しています。

アリウス派、サベリウス派、アポリナリオス派、グノーシス主義、そしてユダヤ教など、様々な異端思想に対する反論も記されていますが、その筆致は穏やかで、激しい言葉遣いは避けられています。キュリロスの著作には、4世紀の聖体礼儀における犠牲の教義、そして当時の教会における礼拝のあり方が詳細に描写されています。また、信仰の内面における神秘的な側面については、伝統的な沈黙の姿勢を示している点が注目されます。

19世紀のロシア正教会のチェルニゴフ大主教フィラレートは、キュリロスの著作に記された礼拝に関する記述が、現代の正教会の礼拝と非常に近いことを指摘し、特に洗礼と傅膏を連続して行うという点において、プロテスタントやローマ・カトリック教会との違いを強調しています。

キュリロスの遺産

キュリロスの著作は、明治時代に日本正教会によって全訳され、『イェルサリムの大主教聖キリル全書』として出版されています。現在でも、国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可能です。また、『中世思想原典集成』にも一部が収録されています。

彼の著作は、4世紀のキリスト教信仰、教会制度、そして礼拝様式を理解する上で貴重な資料であり、現在でも世界中の信者にとって重要な意味を持ち続けています。聖キュリロスは、単なる教会指導者ではなく、信仰の守護者であり、教会の統一に尽力した偉大な聖人として、後世にその名を残しているのです。

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