エルンスト・トレルチ

エルンスト・トレルチ：近代西洋と宗教の狭間で

エルンスト・トレルチ (1865-1923) は、20世紀初頭のドイツを代表するルター派神学者であり、宗教哲学者です。彼はルネサンスと宗教改革以降の西洋近代の本質を、神学と歴史という二つの視点から徹底的に探究しました。その鋭い分析と、キリスト教の絶対性を否定する大胆な主張は、大きな論争を巻き起こし、現代思想にも多大な影響を与えています。

生涯：学究の道と時代の波

トレルチは、1865年、アウクスブルク近郊で医師の父と外科医の母の間に生まれました。エルランゲン大学、ベルリン大学を経てゲッティンゲン大学で神学を学び、1891年には教授資格を取得、宗教史学派の中心的存在となります。その後、ボン大学、ハイデルベルク大学で教授職を務め、1905年にはマックス・ウェーバーと共にアメリカへ渡り、現地教会の調査を行いました。

ハイデルベルク大学時代には、マックス・ウェーバーと深く交流し、ウェーバーの宗教社会学に神学的な裏付けを与える役割を果たしました。トレルチの専門は組織神学でしたが、彼の関心は宗教にとどまらず、歴史、哲学、社会、政治など多岐に渡りました。1909年にはハイデルベルク大学で神学部教授、哲学部の文化哲学と宗教哲学の嘱託教授を兼任し、1914年にはベルリン大学哲学科教授に就任しました。

第一次世界大戦では当初、戦争を支持する立場を取っていましたが、戦争の長期化に伴いその誤りを認め、早期終戦を訴えるようになりました。戦後には、プロイセン議会の開設や選挙法改正にも尽力し、ベートマン＝ホルヴェーク首相の政策顧問官を務めるなど、政治にも関与しました。さらにプロイセン州文部芸術省次官として文化・教会政策を担当し、国家と教会の関係法改正に尽力しました。1923年、ベルリンで逝去しました。

思想：プロテスタンティズムの多様な顔と近代批判

トレルチの思想は、彼の主著『キリスト教の教会とその諸集団の社会教説』(1912年)に代表されます。この著作で、彼はプロテスタンティズムを「古プロテスタンティズム」（ルター派、カルヴァン派など、国家教会に属するもの）と「新プロテスタンティズム」（ピューリタニズムなど、自由教会に属するもの）に分類し、さらに神秘主義を加えて、それぞれの文化的意義を分析しました。

彼はルター派神学者としての立場から、ルター主義が国家教会体制に組み込まれ、神権政治のイデオロギーとして利用されている現状を批判しました。同時に、政教分離が保障されたアングロサクソン系の自由教会に共感を示しました。しかし、ドイツにおける政教分離を主張しながらも、ドイツの保守的な伝統やナショナリズムへの評価を完全に克服することはできませんでした。彼の思想は、近代社会における宗教の役割、国家と教会の関係、そして歴史と現実の複雑な相互作用を深く反映しています。

著作と影響：多様な分野への貢献

トレルチは膨大な著作を残し、その多くは日本語に翻訳されています。彼の著作は、歴史学、神学、哲学、社会学など多様な分野に影響を与え、現代思想の形成に重要な役割を果たしました。彼の研究は、単に歴史的事実の記述にとどまらず、近代社会の根底にある問題点を鋭く抉り出し、未来への示唆を与え続けています。彼の著作は、現代においても、宗教、政治、文化などを多角的に理解する上で、貴重な知見を提供し続けています。

参考文献

西村貞二『ヴェーバー、トレルチ、マイネッケ－ある知的交流』 中央公論社〈中公新書〉、1988年
西村貞二『トレルチの文化哲学』 南窓社〈キリスト教歴史双書〉、1991年
* 古賀敬太『西洋政治思想と宗教』風行社、2018年

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