エルンスト・フォン・ドホナーニ

エルネー・ドホナーニ（ドイツ語名エルンスト・フォン・ドホナーニ）は、1877年7月27日に当時のポジョニ（現在のスロヴァキア、ブラチスラヴァ）で生まれ、1960年2月9日にニューヨーク市で没した、ハンガリー出身の音楽家です。彼はピアニスト、作曲家、指揮者として国際的に活躍したほか、音楽教育者としても重要な役割を果たしました。

ドホナーニは教育者の家庭に育ち、父から初めての音楽の手ほどきを受けました。その後ブダペスト音楽アカデミーで専門教育を受け、ピアノと作曲を学びました。特に作曲では、ブラームスに深く傾倒していたハンス・ケスラーに師事し、その影響は初期作品に顕著に見られます。弱冠18歳で作曲した《ピアノ五重奏曲第1番 ハ短調》作品1は、楽譜を見たブラームス本人に絶賛され、その推挙によってウィーンでの演奏機会を得るという幸運に恵まれました。

ピアニストとしては、1897年にベルリンで鮮烈なデビューを飾り、その後すぐにウィーンでも成功を収めました。ヨーロッパ各地やアメリカ合衆国への演奏旅行で名声を確立し、その才能は「傑出している」と評されました。彼はソロや協奏曲に加え、室内楽の分野でも積極的に活動しました。演奏は正確無比な技巧と独自の深い解釈で知られ、ベートーヴェンやモーツァルト、シューマンといった古典派・ロマン派のレパートリーを得意としました。生涯を通じて録音活動にも熱心で、最晩年に至るまで貴重な音源を残しています。

教育者としては、1905年から1915年までベルリン高等音楽学校で教鞭を執り、その後ハンガリーに戻りました。ブダペスト音楽アカデミーの院長を二度務め、後進の指導にあたりました。彼の門下からは、アニー・フィッシャーやゲザ・アンダといった高名なピアニスト、そしてゲオルク・ショルティやフェレンツ・フリッチャイなどの世界的指揮者が輩出されています。ドホナーニ自身の教育スタイルは独特で、学生の演奏を聴くよりも自ら手本を示すことを好んだと言われています。また、練習時間については極端に短いことを推奨しており、「一日に3時間練習しても曲が仕上がらないのなら、それ以上やっても無駄だ」と語った逸話が残っています。

指揮者としては、ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を務め、バルトークやコダーイといった同時代のハンガリー人作曲家の作品を積極的に取り上げ、その普及に貢献しました。ピアニストとしては、ベートーヴェンのピアノソナタ全曲演奏会（1920年）や、モーツァルトのピアノ協奏曲全曲演奏会といった歴史的な業績を成し遂げています。

作曲家としてのドホナーニの作風は、ブラームスに連なる19世紀ロマン主義音楽の伝統を強く継承しながらも、他の作曲家からの影響も吸収した折衷的なものです。特にブラームスからの影響は色濃く、彼の有名な《6つの演奏会用練習曲》作品28は、ブラームスのピアノ小品を模範として書かれたと言われています。また、リヒャルト・シュトラウスやマーラーのような華麗なオーケストレーション、マックス・レーガーのような複雑な対位法も作品に取り入れています。晩年の渡米後に作曲された《アメリカ狂詩曲》作品47には、アメリカの民謡やジャズへの関心が見られます。その作品は、初期から《演奏会用練習曲》がゴドフスキやラフマニノフによって演奏されるなど国際的に知られていました。

激動の20世紀を生きたドホナーニは、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツと戦う息子たちを持つ一方で、ハンガリー国内に留まり非政治的な姿勢を保ちつつ、ユダヤ系音楽家を庇護しました。ソ連軍によるブダペスト包囲を機に亡命を決意し、オーストリアなどを経由してアメリカ合衆国へ渡り、晩年はフロリダ州立大学で教鞭を執りました。彼は著名な音楽家を育てただけでなく、長男ハンス・フォン・ドホナーニ博士が反ナチ・レジスタンスの闘士として歴史に名を刻み、孫世代にも指揮者、政治家、俳優といった著名人を輩出するなど、家族にも多くの才能を受け継いでいます。

ドホナーニ・エルネーは、多岐にわたる音楽活動と教育への貢献、そして激動の時代を生き抜いたその人生をもって、20世紀前半の音楽界において重要な足跡を残した音楽家と言えるでしょう。

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