エンジェル・オブ・ザ・ノース

エンジェル・オブ・ザ・ノース：イギリス北部の象徴

「エンジェル・オブ・ザ・ノース」は、イギリス・イングランド北部のゲーツヘッドに位置する、アントニー・ゴームリー作の巨大な鋼鉄製彫刻です。その名の通り、北の空に羽ばたく天使をモチーフとし、タインサイドの丘の上に堂々とそびえ立っています。年間推定3300万人が目にするというこの作品は、単なるパブリックアートの域を超え、地域を象徴する存在として広く認知されています。

概要

全高20メートル、両翼の長さは54メートルにも及ぶこの天使像は、ボーイング757型旅客機よりも巨大です。翼は地面に対して垂直ではなく、3.5度前方に傾斜しており、作者のゴームリーは、この傾斜が「抱擁されるような感覚」を生み出すと述べています。タインサイドの丘というロケーションも相まって、A1高速道路や東海岸本線の列車からも容易に見ることができ、その圧倒的なスケールと存在感は、多くの人々に強い印象を与えています。

デザインと構造

ゴームリーの多くの作品と同様に、「エンジェル・オブ・ザ・ノース」も、作者自身の体を型取りした実物大の模型を基に制作されました。表面を覆う独特の錆色は、耐候性鋼という素材そのものが持つ特性によるものです。当初、ゴームリーは作品名を「北の鉄の天使」とすることを考えていたほど、この素材が持つ力強い存在感に魅了されていました。

胴体部と翼部には、複数の肋材が縦に配置されています。これは、像が受ける風圧を分散し、最大風速100キロメートルの風にも耐えるように設計された結果です。有機的な曲線を描く肋材は、直線的な翼とのコントラストを生み出し、作品全体の美しさを際立たせています。

制作の背景

当初、ゴームリーはゲーツヘッド・カウンシルからの委託にあまり乗り気ではありませんでしたが、実際に立地を下見した際、かつて炭鉱地帯であったこの地の、起伏に富んだ地形に心を奪われ、制作を快諾したと言われています。総重量200トンのこの巨大彫刻は、ハートルプール鉄工所によって制作され、1998年2月14日に設置場所に運搬、設置されました。

コンセプトと意義

ゴームリーは、この作品に3つのコンセプトを込めたと述べています。一つ目は、かつてこの丘の下に炭鉱があり、そこで長年働き続けた炭鉱労働者たちに敬意を払うこと。二つ目は、産業時代から情報化時代への移行を表現すること。そして三つ目は、人々の心に湧き上がる希望や不安の焦点を定めることです。

建設費用は約100万ポンドと見積もられ、その多くはイギリス国民宝くじによって調達されました。風雨に晒される屋外に設置されるため、彫刻は毎時160キロメートルを超える風圧に耐える必要があります。そのため、基礎部分には165トンものコンクリートが使用され、彫刻を地下20メートルの岩盤に固定しています。

彫刻は胴体部、左右の翼の3つのパーツに分割して製作され、それぞれを陸路で輸送し、設置場所で組み立てられました。その巨大さゆえ、本体部の輸送には7時間を要しました。

設計の工夫

ゲーツヘッド・カウンシルの建設主任は、強風に晒されるという立地条件を考慮し、オーヴ・アラプ共同会社に技術的な助言を求めました。屋外彫刻では青銅像が一般的ですが、この天使像の大きさを考慮すると強度が不十分と判断され、耐候性鋼が採用されました。また、通常の立像に見られる内部の骨組みではなく、像の表面に縦に配置された肋材が、構造的な強度を保ち、風圧を分散させる役割を果たしています。

鑑賞者の視点が様々な角度や動きを伴うことも考慮され、自動車からの視点（平均時速97キロメートル）も設計に取り入れられています。さらに、少なくとも100年の耐用年数が想定されています。

設計模型の価値

「エンジェル・オブ・ザ・ノース」の制作過程では、複数の縮小版設計模型が制作され、その後、高い価値を持つようになりました。完成像の原型となった模型は、オークションで228万ポンドで落札され、別の模型はBBCの美術品鑑定番組で100万ポンドと評価されました。

地域への影響

建設当初は反対運動も起こりましたが、現在では「エンジェル・オブ・ザ・ノース」は、ゲーツヘッドのみならず、イングランド北東部を象徴する存在として、広く人々に愛されています。この巨大な天使像は、芸術作品であると同時に、地域の人々の誇りであり、希望の象徴とも言えるでしょう。

参考文献

Blackman, Fiona Maeve (2014). The Angel of the North: Public Art and Wellbeing (Thesis). Durham University.
Faber, Lee (2010). The Book of Angels : an Illustrated Guide to Celestial Beings and Angelic Lore. Arcturus.
Gormley, Antony; White, Mike; Sinclair, Iain; Campbell, Beatrix; Brown, Stephanie; Anderson, Gail-Nina (1998). Making an Angel. Ove Arup & Partners.
Nicholson, Paul J. (2018). “Antony Gormley, The Angel of the North, 1998.”. Occupational Medicine 68 (6): 352–353.
Newton, I.; Mills, J. P. (April 1999). “Photogrammetric Reverse Engineering of the "Angel of the North"”. en:Photogrammetric Record（英語） 16 (93): 457-468.
North of England Civic Trust（現カルチュラ・トラスト） (January 2018). “A Study of the Significance Which the Angel of the North Gains From its Setting” (pdf).
Roberts, Martin; Pevsner, Nikolaus; Williamson, Elizabeth (2021). County Durham. The Buildings of England. New Haven, US and London, UK: Yale University Press.
Tuck, Langland (September 2012). “Angel of the North: An Icon for Great Britain?”. Sculpture Review 61 (3).

関連項目

ウィロウ・マン - サマセットのブリッジウォーターにある、屋外彫刻作品。所在地がイギリス南部のため通称「エンジェル・オブ・ザ・サウス」（南の天使）。
牛久大仏 - 日本の巨像
エンジェル・オブ・ザ・ウェスト – フロリダ州の野外彫刻作品。ゴームリーの作品名を意識して命名。
世界の巨像の一覧

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