エンリキ・オスワルド

エンリキ・オスワルド（Henrique Oswald, 1852年4月14日 - 1931年 6月9日）は、19世紀後半から20世紀初頭にかけてブラジルで活躍した、重要な音楽家であり外交官です。リオデジャネイロに生まれ、同じ地で生涯を終えました。ピアニスト、作曲家として国際的な評価を得ましたが、後の「ブラジル近代芸術週間」に代表される新しい芸術運動の台頭と共に、その存在は次第に歴史の陰に隠れていきました。日本では、エンリケ・オスワルドという名前でも知られることがあります。

生い立ちと音楽的開花

オスワルドの生い立ちは、多文化的な要素に彩られています。彼の両親はヨーロッパからの移民であり、それぞれ異なる背景を持っていました。父ハンス・ヤーコプ・オシュヴァルト（ジャン＝ジャック・オスヴァールとも呼ばれる）はドイツ系スイス出身、母マリア・シャルロッタ・ルイーズ・オラーティア・カンタガッリ（通称カルロータ）はイタリア出身の貴族で、ピアノ教師として生計を立てていました。多様なルーツを持つ家庭環境の中で、一家は民族差別への懸念から、父のオシュヴァルト姓をオスワルド姓へと改める決断をしました。音楽的な才能は幼少期から顕著で、彼はわずか12歳で初めてのピアノリサイタルを開催しています。さらに16歳を迎える頃には、より高度な音楽教育を受けるためヨーロッパへの留学を決意し、その旅立ちに際して告別演奏会を行いました。1868年以降、イタリアのフィレンツェに滞在し、高名なピアニストであるジュゼッペ・ボウナミーチに師事しました。ここでピアニストとしての技術を深く磨き上げ、音楽家としての基盤を固めました。

外交官と音楽家、二つの顔

ヨーロッパでの教育を終えた後、オスワルドは音楽活動を続けながら、ブラジル政府の外交官としてもキャリアを積みました。彼はフランスのル・アーヴル、次いでイタリアのジェノヴァでブラジル副領事を務めるなど、音楽への情熱と公的な職務を両立させる時期が長く続きました。彼の人生において、音楽と外交という異なる分野を行き来することは、特筆すべき点です。

家族

私生活においては、1881年にフィレンツェでオッターヴィオ・ガスペリーニの娘、ラウドミア・ガスペリーニと結婚しました。オッターヴィオ・ガスペリーニは当時、フィレンツェ師範学校の校長を務めていました。オスワルド夫妻は五人の子供に恵まれました。そのうちの一人、息子カルロス・オスワルド（1882年-1971年）は、後にブラジルのリオデジャネイロで画家および彫刻家として成功を収め、父と同様に芸術の分野でブラジル文化に貢献しました。

音楽家としての成功と教育への貢献

オスワルドは、音楽家として国際的な舞台でも評価されました。1902年には、パリの有力紙『フィガロ』が主催したピアノ・コンクールで優勝を果たしました。この栄誉は、彼のピアニストおよび作曲家としての才能を広く知らしめることとなりました。この成功に続き、彼は母国ブラジルの音楽教育に貢献することになります。1903年から1906年にかけて、リオデジャネイロ国立音楽学校（Instituto Nacional de Música）の校長に就任し、ブラジル音楽界の未来を担う若手音楽家の育成に尽力しました。しかし、校長職を辞した後、彼は再び外交官の職務に戻る選択をしています。

晩年と遺された作品

1911年以降、オスワルドは再びリオデジャネイロを活動の拠点とし、作曲家および教師として晩年を過ごしました。この時期は、彼の創作活動が特に実を結んだ時期と言えるでしょう。彼は数多くの優れた室内楽曲を世に送り出したほか、管弦楽を伴う大規模な作品にも取り組みました。具体的には、交響曲やピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲といった器楽曲、そして三つの歌劇といった舞台作品を手掛けています。さらに、ピアノ独奏曲や歌曲など、幅広いジャンルにわたる多様な楽曲を多数遺しました。彼の作品は、当時のブラジルにおけるロマン派音楽のスタイルを示すものとして重要です。

後世への影響と再評価の必要性

エンリキ・オスワルドは、生前はブラジル音楽界で尊敬される存在でした。しかし、彼の没後、1922年に開催された「ブラジル近代芸術週間」を契機とするモダンアート運動の盛り上がりの中で、彼の伝統的な音楽スタイルは時代の潮流から外れていきました。その結果、彼の音楽は次第に演奏機会を失い、多くの人々に忘れられた存在となってしまったのです。しかし、彼の作品にはブラジルの豊かな音楽文化の一端が息づいており、現代のブラジル音楽史において、彼の功績や作品は改めて評価されるべき重要なものと考えられています。今日、彼の楽曲の一部は録音され、再評価の動きも見られ始めています。

もう一度検索