エンリコ・ダンドロ

エンリコ・ダンドロ：ヴェネツィアの興隆を導いた元首

エンリコ・ダンドロ（Enrico Dandolo, 1107年? - 1205年）は、ヴェネツィア共和国の第41代元首（ドージェ）であり、12世紀末から13世紀初頭にかけて、ヴェネツィアの歴史を大きく動かした人物です。特に第4回十字軍を率い、東ローマ帝国を滅亡させたことで知られています。その生涯は、ヴェネツィアの隆盛と地中海における覇権確立の歴史と深く結びついています。

生い立ちと初期の活動

1107年頃、ヴェネツィアの名門ダンドロ家の一員として生まれたエンリコですが、父ヴィターレの死（1174年）まで、その具体的な活動はあまり知られていません。これは、彼が父の存命中には公の場に姿を現さなかったためと考えられています。彼が歴史に登場するのは、1171年から1172年にかけてのヴェネツィアと東ローマ帝国の間で勃発した戦争における危機対応です。東ローマ帝国によるヴェネツィア人迫害事件を契機に、両国間の関係は悪化し、ヴェネツィアは報復部隊を派遣しました。しかし、遠征は失敗に終わり、ヴェネツィアの指導者は殺害されるという悲劇に見舞われました。この時、ダンドロは外交官として活躍し、両国間の国交回復に貢献しました。1183年と1184年には、兄弟と共にコンスタンチノープルに渡り、賠償金交渉を主導。交渉の末、東ローマ帝国はヴェネツィア人の投獄を解除し、賠償金を支払うことで合意しました。この交渉を通して、ダンドロは外交手腕を磨き、ヴェネツィアの利益を守るために尽力しました。

元首としての活躍

1192年、オリオ・マストロピエノが元首の座を退いた後、ダンドロは評議会の選挙を経て第41代元首に選出されました。当時、彼は高齢で視力を失っていましたが、その野心と精力は衰えることを知りませんでした。元首に就任すると、まずヴェネツィアに居住する外国人追放政策を実施し、外国人からの締め付けを強めました。さらに、ヴェネツィアの敵対勢力であったザラの攻略を命じ、失われた領土の回復に成功しました。1194年には通貨制度を改革し、ほぼ純銀製のグロッソ貨を発行。これは地中海商業の主要通貨となり、ヴェネツィアの経済力を高めることに貢献しました。

第4回十字軍と東ローマ帝国滅亡

1202年、エジプトへの遠征を目指す第4回十字軍が結成されました。しかし、十字軍は遠征に必要な資金を十分に持っていませんでした。ダンドロは、彼らの輸送と軍備を請け負いましたが、十字軍が約束の金額を支払えないことが判明しました。そこで、ダンドロは十字軍に対し、自分と敵対するザラを攻撃することを提案。この提案が受け入れられ、ダンドロ自身も十字軍と共にザラを攻略しました。このザラ攻略は、宗教的な目的を逸脱した行為であり、ローマ教皇インノケンティウス3世の怒りを買い、十字軍は破門されました。その後、破門は解除されましたが、十字軍の方向性は大きく変わりました。

ザラ攻略後、十字軍は東ローマ帝国の皇位継承問題に介入します。帝位を追われたイサキオス2世の息子、アレクシオス4世アンゲロスからの要請を受け、ダンドロはアレクシオス4世を帝位に就ける計画に同意。見返りとして、十字軍は多額の報奨金を得る算段でした。1204年、ダンドロと十字軍はコンスタンチノープルを攻撃し、当時の皇帝アレクシオス3世アンゲロスを追放。イサキオス父子を皇帝に据えました。しかし、アレクシオス父子は報奨金の約束を履行する前に殺害され、十字軍は再びコンスタンチノープルを攻撃し、東ローマ帝国を滅亡させました。そしてラテン帝国を建国。ダンドロは初代皇帝の候補に挙げられましたが、これを固辞。フランドル伯ボードゥアンを皇帝に推挙しました。この結果、ヴェネツィアはコンスタンチノープルの半分、イオニア海沿岸、クレタ島などを領土に加えることができ、地中海における制海権を掌握しました。コンスタンチノープルから略奪した多くの品々はヴェネツィアに送られ、サン・マルコ寺院を飾っています。

死と遺産

1205年、エンリコ・ダンドロはコンスタンチノープルで亡くなり、ハギア・ソフィアに埋葬されました。ただし、現在の墓標は19世紀に設置されたものであり、正確な墓の位置は不明です。ダンドロの死後、彼の息子ラニエリを後継元首に推す声が上がりましたが、ラニエリはこれを拒否。ピエトロ・ヅィアニが後を継ぎました。ラニエリは後にヴェネツィア軍の一員としてクレタ島攻略に参加し戦死しましたが、彼の家系は代々ヴェネツィアの要職に就いています。

失明について

ダンドロがいつ、どのようにして視力を失ったのかは、確かなことはわかっていません。年代記には、1171年の東ローマ帝国遠征中に盲目にされたと記されていますが、実際には高齢によるものだとする説もあります。また、1174年から1176年の間に頭部に外傷を負ったことが失明の原因であるという研究もあります。目自体は無傷に見えたが、脳の損傷による皮質盲視だった可能性が指摘されています。

エンリコ・ダンドロは、ヴェネツィアの歴史において、最も重要な人物の一人です。外交手腕、軍事力、そして強いリーダーシップを発揮し、ヴェネツィアを地中海の覇者へと押し上げました。彼の生涯は、ヴェネツィアの繁栄と、地中海世界における権力闘争の歴史を映し出す鏡とも言えるでしょう。

参考資料

Madden, Thomas F. (2003). Enrico Dandolo and the Rise of Venice. Baltimore: Johns Hopkins University Press.
Madden, Thomas F. (2012). Venice: A New History. New York: Viking Press.