オスヴァルト・シュペングラー

オスヴァルト・シュペングラー：20世紀の文化と文明を鋭く分析した思想家

オスヴァルト・シュペングラー（1880年-1936年）は、20世紀ドイツを代表する文化哲学者であり歴史学者です。彼の名を不朽のものとしたのは、何と言っても主著『西洋の没落』です。この著作は、第一次世界大戦後の混沌とした時代、台頭しつつあったアメリカやロシアといった非ヨーロッパ勢力を背景に執筆されました。当時のヨーロッパ中心主義的な歴史観・文明観を徹底的に批判し、大きな衝撃を与えたのです。

シュペングラーの生涯と学問

シュペングラーは、ドイツのブランケンブルクに鉱山技師の父を持つ中流家庭に生まれました。保守的な家庭環境で育った経験は、後の彼の思想にも影響を与えたと考えられています。ハレ大学、ミュンヘン大学、ベルリン大学と、複数の大学で哲学、歴史学、美術、音楽、数学などを学び、1904年には「ヘラクレイトス─彼の哲学のエネルギー論の根本思想に関する研究」で博士号を取得しました。

学位取得後は、高等学校で教鞭を執っていましたが、1911年に教職を辞し、以降は専ら著述と思索に没頭します。そして、第一次世界大戦中の1918年に、『西洋の没落』第一巻を発表。この著作は瞬く間に広く読まれ、大きな反響を呼びました。同書は、世界中に広がるヨーロッパ・アメリカ文化の衰退を分析したもので、世界史を比較形態学的に捉えようとした野心的な試みでした。

ドイツの敗戦後、シュペングラーは伝統的なプロイセン保守主義にとらわれない新しいナショナリズム、「プロイセン的社会主義」を提唱し、アルトゥール・メラー・ファン・デン・ブルックらとともに保守革命運動の中心人物の一人となりました。彼は1936年、心臓病により55歳でミュンヘンで死去しました。

プロイセン的社会主義：ドイツの伝統と社会主義の融合

シュペングラーは『プロイセン的特性と社会主義』（1919年）において、社会主義はドイツ（プロイセン）の伝統的な徳性であり、19世紀イギリスの唯物論と実証主義の産物であるマルクス主義からドイツを解放すべきだと主張しました。彼は、マルクスが社会主義というプロイセン的な概念をプロレタリアートに、資本主義というイギリス的な概念をブルジョワジーに帰属させたことで、ドイツ精神とイギリス精神の人種的矛盾を誤って転写し、生の心理的次元を欠いていると批判しました。さらに、フランスの無政府状態と平等主義、イギリスにおける個人の権力分散と対比させ、プロイセンでは権力が全体に属し、個人が全体に奉仕する体制を理想としました。

ナチズムとカエサル主義：貨幣と血の対立

『西洋の没落』第二巻（1922年）では、農村を血と伝統と生産の世界、都市を貨幣と知性による寄生的世界と対比させました。シュペングラーは貨幣を「知能を王座にのぼらせるもの」、民主主義を貨幣と政治権力の同等化の完成形と捉え、ギリシャ・ローマ以来の貨幣思考が都市を鋳貨に、民衆を奴隷に変えてきたと批判しました。一方、戦争を偉大な創造者、軍隊と家族を貨幣関係の影響を受けないものと位置づけました。都市住民をドイツの特殊性を消滅させる存在と見なし、国民的な「血の共同体」による社会主義が、貨幣と民主主義の独裁を打ち破ると主張しました。

現代のような巨大戦争の時代には、ナポレオン主義から皇帝主義（カエサル主義）への移行があると予測しました。カエサル主義は、個人的権力だけが意味を有し、知能と貨幣による政治が終焉を迎える体制です。彼は、政治家が伝統を創造し、統一的な活動を導くことで、新たな時代を築くと考えました。

シュペングラー自身はナチ党員ではありませんでしたが、彼の思想はナチズム台頭の知的背景に影響を与えたことは否めません。抽象的な資本と商業の世界をユダヤ人に投影するような世界観は、ナチスの反ユダヤ主義思想に繋がる土壌を作ったと解釈できます。ただし、シュペングラー自身は生物学的な反ユダヤ主義には反対していたとされています。

シュペングラーの著作とその後

シュペングラーの著作は、彼の死後も世界中で読まれ続け、歴史学、文化学、政治思想などに多大な影響を与え続けています。彼の思想は複雑で、その評価も多様ですが、20世紀という激動の時代を独自の視点で分析し、未来への示唆を与えた重要な思想家であることは間違いありません。

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