オットー・メルツ

オットー・メルツ：サラエボ事件から銀の矢への軌跡

オットー・メルツ (1889年6月12日-1933年5月18日) は、20世紀初頭のドイツを代表するレーシングドライバーの一人です。ダイムラー社の整備士としてキャリアをスタートさせ、やがて華々しいレーサーとしての道を歩むことになります。彼の生涯は、歴史的事件への関与と、モータースポーツにおける成功、そして悲劇的な最期という、ドラマチックな要素に満ち溢れています。

早期経歴とサラエボ事件

メルツはドイツ南部のエスリンゲン・アム・ネッカーで錠前屋の息子として生まれました。1906年、まだ若いメルツはダイムラー社に入社し、整備士として働きます。彼は裕福な自動車愛好家たちの運転手兼整備士として、技術と運転スキルを磨いていきました。

そして1914年、歴史の転換点となる出来事に関わります。6月28日、オーストリア皇太子フランツ・フェルディナント夫妻がサラエボを訪れた際、メルツは皇太子付きの車両の運転手を務めていたアレクサンダー・フォン・ボース＝ヴァルデックの運転手として同行していました。

暗殺を企てたチャブリノヴィッチが投げた爆弾は皇太子の乗る車両には命中しませんでしたが、メルツが運転する車両の直下で爆発しました。この爆発でボース＝ヴァルデックをはじめ多くの負傷者が出ました。メルツ自身もこの事件の当事者となったのです。同日、皇太子はガヴリロ・プリンツィプによる銃撃で命を落とします。サラエボ事件は、第一次世界大戦の引き金となり、世界の歴史に大きな影響を与えました。メルツは、この事件に巻き込まれたという、生涯忘れられない経験をしたのです。

レーシングドライバーとしての活躍

第一次世界大戦後、メルツはダイムラー社でレーシングドライバーとしてのキャリアを本格的にスタートさせます。彼の卓越したドライビングスキルはすぐに注目を集め、1924年にはソリチュードサーキットやクラウゼンパス・ヒルクライムで優勝を収めます。1925年と1926年には、ソリチュード宮殿周辺のコースで開催されたレースで2年連続優勝という偉業を達成しました。1926年のレースは、チームメイトであるアルフレート・ノイバウアーが色旗による指示を始めたレースとしても知られています。

その後、メルツのレース参戦は減っていき、主にリザーブドライバーとして活躍する機会が多くなりました。しかし、彼のレーサーとしての才能は、多くの関係者の記憶に深く刻まれました。

悲劇的な最期

1933年、メルツは既に第一線から退いていましたが、5月末のアヴスレンネンに参戦します。チーム監督のノイバウアーはエースドライバーのルドルフ・カラツィオラを起用したいと考えていましたが、カラツィオラがモナコグランプリで重傷を負ったため、メルツが代役を務めることになったのです。

しかし、運命は残酷でした。雨の練習走行中に、メルツの車両は濡れた路面でコントロールを失い横転。その事故でメルツは命を落としました。

人となり

メルツは「シュヴァーベンの熊」というあだ名で呼ばれるほどの大柄な体格で、並外れた怪力の持ち主でした。タイヤ交換時に車両を持ち上げたり、チームメイトを椅子ごと持ち上げたり、素手で釘を打ち込むといった逸話も残されています。

後にメルセデス・チームのエースとなるルドルフ・カラツィオラは、メルツをチーム加入当時の先輩として、明るく陽気な人物として記憶していました。メルツの死は、療養中のカラツィオラにも大きな衝撃を与えたと伝えられています。

オットー・メルツの生涯は、歴史的事件、レーシングドライバーとしての成功、そして悲劇的な死という、ドラマチックな要素が複雑に絡み合った、忘れがたい物語です。彼の名は、モータースポーツの歴史に永遠に刻まれています。

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