オテル・ド・ブルゴーニュ座

オテル・ド・ブルゴーニュ座：激動の時代のパリ演劇の中心

オテル・ド・ブルゴーニュ座（仏: Théâtre de l'Hôtel de Bourgogne）は、17世紀までフランスのパリに存在した歴史的な劇場であり、そこを活動拠点とした劇団の名称です。パリで初めて常設された劇団として知られ、現在の国立劇場コメディ・フランセーズの重要な前身となりました。劇場の設立は1548年にさかのぼりますが、1629年に時の国王ルイ13世の認可を得て、名実ともに王立の劇場および劇団としての地位を確立しました。

17世紀初頭の混沌とした観劇風景

17世紀初頭のブルゴーニュ座の観劇環境は、現代からは想像もつかないほど混沌としていました。料金体系は、平土間席が5ソル、桟敷席が10ソルと定められていましたが、無料入場を常態化させる観客も少なくありませんでした。劇場は約1500人の収容能力がありましたが、その大半は平土間席でした。

平土間席は、学生や職人、兵士といった様々な階層の市民で埋め尽くされていましたが、その多くは秩序に欠ける人々でした。劇場内では公然と賭博や飲食が行われ、大声での罵り合いや騒音は日常茶飯事でした。さらに深刻なのは、些細なことから喧嘩や決闘、果ては殺人にまで発展する事態が頻繁に起きていたことです。また、暗い劇場内はスリや追剥ぎ、泥棒といった犯罪者の格好の狩場となり、娼婦らが顧客を探してうろつくなど、治安は極めて劣悪でした。

桟敷席は主に貴族が利用しましたが、彼らもまた品行の面では市民と大差ありませんでした。ランブイエ侯爵夫人が宮廷の風紀の乱れに失望しサロンを開設したという逸話からもわかるように、当時の貴族層は必ずしも洗練されてはいませんでした。彼らは「料金を支払うのは身分の低い者のすること」といった特権意識から、観劇料金を支払うことを拒む傾向にありました。こうした悪習は根強く残り、17世紀後半の1684年になっても、身分に関わらず無料入場を禁じる国王の勅命が出されるほどでした。これは、ルイ14世による絶対王政が確立されてなお、観客の風紀問題が深刻であったことを示しており、ユグノー戦争の混乱を引きずっていた17世紀初頭の社会状況を如実に物語っています。

役者たちの素行と世間の目

観客の品行が乱れていただけでなく、舞台に立つ役者たちもまた、世間から厳しい目を向けられていました。同時代の記録、例えばタルマン・デ・レオーによる俳優評によれば、当時の役者の多くは素行が悪く、特に男女間の関係において放縦であったと記されています。既婚の役者夫婦であっても不貞行為が横行し、女性役者は他の劇団の俳優を含む様々な男性と関係を持つことが珍しくなかったとされます。もちろん、ゴーチエ＝ガルギーユのように真面目な生活を送る役者も存在しましたが、宮廷や貴族層もまた品行が乱れていたことを考慮すれば、役者だけが特別に退廃していたわけではないと言えるでしょう。こうした状況から、オテル・ド・ブルゴーニュ劇場は「悪の巣窟」とまで呼ばれるようになり、劇場全体に対する悪い評判が、演劇に興味のない人々にも影響を与え、役者への偏見を助長するという悪循環を生み出していました。

劇場の歴史と変遷

オテル・ド・ブルゴーニュ劇場の始まりは1548年、中世の宗教劇を上演していた受難劇組合（Confréres de la Passion）によって設立されたことにあります。劇場はブルゴーニュ公の邸宅跡に建てられたため、その名が付けられました。当初、組合はこの劇場で聖史劇（聖書に基づく劇）を専門に上演する予定でしたが、内容があまりに低俗であるとの理由で、設立わずか数ヶ月後に上演を禁じられてしまいます。パリでの演劇興行権を独占していた受難劇組合にとって、自前の劇場を持つことはその支配力を強化するはずでしたが、この上演禁止によって計画は頓挫しました。上演できる作品を失い、興行成績が落ち込んだ組合は、劇場を他の劇団に賃貸することで糊口をしのぐことになります。

17世紀初頭、パリに常設劇場はブルゴーニュ劇場しかありませんでした。そのため、パリで公演を行いたい劇団は、この劇場を借りるしかありませんでした。中でも頻繁に利用したのが、ヴァルラン・ル・コント座（Troupe de Valleran Le Conte）です。彼らは当時有名ではあったものの、特定の庇護者がおらず経済的に困窮していたため、ブルゴーニュ劇場を借りる必要がありました。座長ヴァルラン・ル・コントは1592年頃から役者として活動していたようです。1598年には座長として、アレクサンドル・アルディのような悲劇の上演を試みますが、当時の観客が高尚な作品を理解せず、笑劇や刺激的な場面を好んだため、興行は失敗に終わりました。地方巡業を経て、1606年に再びパリに戻り、ブルゴーニュ劇場で公演を行いました。1607年に彼が新たに組織した劇団には、ラシェル・トレポーという女性役者が参加していました。当時、女性役者が舞台に立つことは稀であり、彼女はフランスにおける女優の草分け的存在と言えます。この劇団は1609年から1610年にかけてブルゴーニュ劇場で公演した記録が残っており、その契約書には後に王立劇団で人気を博すゴーチエ＝ガルギーユやグロ＝ギヨームの名も見えます。しかし、彼らの名前は短期間で消えており、この時代の劇団と役者の契約が単年であることが多かったため、人材の流動性が非常に激しかったことがわかります。劇団間の競争が激化する中、ヴァルラン・ル・コント座は経済的困難から1611年には劇場の一部を又貸ししています。同時期に、この一座は「王立劇団（Troupe royale des comédiens）」と自称し始めました。

王立劇団からコメディ・フランセーズへ

ヴァルラン・ル・コント座の流れを汲む劇団は、1629年に正式に国王ルイ13世の支援を受けることとなり、「オテル・ド・ブルゴーニュ座王立劇団」を名乗る許可を得ました。これにより、ブルゴーニュ劇場を恒常的に使用する契約も締結しました。1635年にグロ＝ギヨームが亡くなった後、ベルローズ率いる一座が王立劇団を引き継ぎ、1647年にはマレー座から引き抜かれたフロリドールが座長となりました。この劇団は1680年にコメディ・フランセーズが結成されるまで、一貫して王立劇団として活動しました。国王から強力な庇護と多額の年金を受けており、当時、公式に王立と称し得る唯一の劇場・劇団でした。

1670年代になると、パリの主要な劇場はオテル・ド・ブルゴーニュ劇場と、モリエール劇団の流れを継ぐゲネゴー座の二つに集約されていました。ゲネゴー座も人気があり、次第にブルゴーニュ座王立劇団を圧迫するようになります。これを受け、1680年10月、国王の命令によって両劇団は正式に合併し、国立劇場コメディ・フランセーズが誕生しました。

コメディ・フランセーズは「フランス人俳優協会」として組織化され、俳優たちの受け取る利益や年金制度が整備されるなど、国立劇場としての基盤が築かれました。その一方で、1680年以降に出された王令により、劇団や俳優たちは以前のような自由を失うことになります。毎日異なる演目を上演することや、フランス人作家の作品を基本とすることが義務付けられるなど、統制が強化されました。

オテル・ド・ブルゴーニュ座は、激動の17世紀フランスにおいて、パリ初の常設劇場として、また国立劇場の源流として、フランス演劇史に大きな足跡を残しました。

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