オールド・ハバナ

オールド・ハバナとその要塞群

オールド・ハバナ（La Habana Vieja）は、カリブ海に位置するキューバ共和国の首都ハバナにある、歴史的な中心地区です。この地域はハバナ旧市街とも称され、スペイン植民地時代に築かれた貴重な歴史遺産が数多く残されています。ハバナ湾に面するオールド・ハバナの市街地と、それを守るために建設された四つの強固な要塞群――フエルサ要塞、モロ要塞、プンタ要塞、カバーニャ要塞は、その比類なき歴史的・建築的価値が国際的に認められ、1982年にユネスコの世界遺産リストに「ハバナ旧市街とその要塞群」として合同で登録されました。

歴史的背景

オールド・ハバナの建設は、スペインがこの地に上陸した後の1519年に始まりました。ハバナは新世界で産出された金銀財宝をヨーロッパへ運ぶガレオン船団にとって、重要な寄港地であり、集積地でした。活発な交易活動を支える港湾都市として発展し、17世紀には造船業も盛んに行われ、大西洋を航海する船の建造・修理拠点としての役割も担いました。都市の景観は、当時のヨーロッパで流行していたバロック様式や、後に続く新古典主義様式の影響を強く受けた建築物によって形成されました。

しかし、時代の変遷とともに、特に20世紀後半には多くの歴史的建造物が老朽化し、荒廃が進みました。幸いにも、その後はユネスコの支援なども受けながら保存・修復プロジェクトが推進され、多くの建物が往時の姿を取り戻しつつあります。旧市街は細い石畳の道路が縦横に走り、およそ3000棟もの多様な建築物が密集しています。その街並みは、ハバナ港に隣接するエリアから始まり、中心部のプラサ・デ・アルマスなどに向けて徐々に発展していきました。

豊かな富と戦略的な立地ゆえに、ハバナ港は度々海賊の標的となりました。特に1555年には、フランスの海賊ジャック・ド・ソーレスによる大規模な襲撃と焼き討ちを受け、都市は壊滅的な被害を被りました。この出来事は、スペイン当局に強固な港湾防衛施設の必要性を痛感させ、ハバナ湾の要塞化が本格的に進められる決定的な契機となりました。

要塞群と主要な文化遺産

ハバナを守った要塞群

ハバナ湾とその周辺に築かれた四つの要塞は、互いに連携を取りながら、数世紀にわたり都市を外敵から守る重要な役割を果たしました。

フエルサ要塞 (Castillo de la Real Fuerza)：1558年に着工された、新大陸におけるスペイン最古級の要塞の一つです。建築はバルトロメウ・サンチェスによって指揮されました。初期の防衛拠点として機能しましたが、より湾口に近い要塞の建設後、行政や居住機能も持つようになりました。
モロ要塞 (Morro Castle)：ハバナ湾の東側入口に聳え立つ、最も象徴的な要塞の一つです。湾への侵入を防ぐ第一線の防衛施設として、高さ20メートルにも及ぶ堅固な城壁を誇りました。有名なイギリスの海賊フランシス・ドレークによる攻撃をも退けたと伝えられています。
プンタ要塞 (San Salvador de la Punta Fortress)：1590年に建設が始まった要塞で、モロ要塞の対岸、ハバナ湾入口の西側に位置します。モロ要塞と対をなす形で、湾口を通過しようとする船舶に両側から砲撃を加えることが可能でした。
カバーニャ要塞 (La Cabaña)：ハバナ湾の東側に広がる広大な要塞群で、モロ要塞の後方に位置します。1763年にスペイン国王カルロス3世の命により建設が開始されました。これは、イギリスによる一時的なハバナ占領という苦い経験を踏まえ、将来の攻撃に備えたより大規模で近代的な防衛施設として計画されたものです。

旧市街に息づく歴史建築

要塞群と同様に、オールド・ハバナの市街地そのものも、貴重な歴史的建造物の宝庫です。

ハバナ大聖堂 (Cathedral of Havana)：正式名称はサン・クリストバル大聖堂。1776年に完成した、ハバナを代表するバロック様式の壮麗な建築物です。左右非対称の高さの異なる二つの鐘楼を持つ独特の外観が特徴的です。
ハバナ大劇場 (Great Theater of Havana)：ガルシーア・ロルカ劇場という別名でも知られ、キューバ国立バレエ団の本拠地として有名です。1837年に建てられたこの劇場は、優雅なバロック建築の傑作とされています。
カピトリオ (El Capitolio)：1929年に完成した、かつてのキューバの国会議事堂です。アメリカ合衆国のワシントンD.C.にある連邦議会議事堂を模して建設され、1959年のキューバ革命まで国の立法府として機能しました。
革命博物館 (Museum of the Revolution)：かつてキューバ大統領の公邸として使用されていた歴史的な建造物が、現在はキューバ革命の歴史を伝える博物館として公開されています。

これらの建造物は、スペイン植民地時代から現代に至るハバナの政治、文化、社会の変遷を示す貴重な遺産であり、その建築様式や技術は当時の水準を伝える優れた例です。

世界遺産としての価値

「ハバナ旧市街とその要塞群」は、以下の世界遺産登録基準に基づき、その普遍的な価値が認められました。

(4) 人類の歴史上の重要な時代、特に16世紀から19世紀にかけてのスペイン植民地都市の建築様式、建築物群、都市計画、および港湾防衛技術の集積を示す優れた例であること。
(5) カリブ海における伝統的な港湾都市の集落構造と、その陸上・海上利用の際立った例であり、植民地時代から現代への不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれる人と環境の関わり合いを示す例であること。

これらの基準は、オールド・ハバナが単に歴史的な街並みを保持しているだけでなく、大航海時代以降の世界史における港湾都市の発展と、それを巡る攻防の歴史を体現する、極めて重要な文化遺産であることを示しています。

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