オーレル・ニコレ

オーレル・ニコレ

オーレル・ニコレ（Aurèle Nicolet, 1926-2016）は、スイスが生んだ20世紀後半を代表するフルート奏者であり、指導者としても後進の育成に尽力した人物です。1926年1月22日、スイスのヌーシャテルに生まれたニコレは、幼少期からその才能を開花させ、チューリッヒでアンドレ・ジョネ、パリでマルセル・モイーズという、当時のフルート界を牽引する巨匠たちに師事しました。12歳で初舞台を踏むと、1947年には権威あるパリ国立高等音楽院の卒業コンクールで第一位を獲得し、翌1948年にはジュネーブ国際音楽コンクールでも頂点に立つなど、学生時代から輝かしい成績を収めました。

プロとしてのキャリアは、1948年にヴィンターテュール市立管弦楽団の首席フルート奏者として始まりました。その後、指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラーにその才能を見出され、1950年から1959年にかけて、世界最高峰の一つであるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席フルート奏者を務めます。この時期は、ニコレの演奏家としての名声を確立する上で極めて重要な期間となりました。

ベルリン・フィル退団後、ニコレは教育者としての道を本格的に歩み始めます。1959年から1965年までベルリン音楽大学の教授を務めたのを皮切りに、フライブルクやバーゼルなど、各地の音楽教育機関で教鞭を執り、数多くの優れたフルート奏者を育て上げました。同時に、彼はソロ奏者としての活動も精力的に続け、世界各地で演奏活動を行いました。

ニコレは、自身の経験に基づいてオーケストラにも鋭い批評眼を持っていました。セルジュ・チェリビダッケが首席指揮者を務めていた時代のベルリン・フィルについては、ナチス時代や戦争の影響により、楽員の音楽教育レベルにばらつきがあり、リズムの正確さに欠ける面があったと指摘しています。また、ヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮に対しては、荒廃したベルリンに音楽で「無傷の世界」を創造しようとする試みや、その「異様に美しい」響きを評価しつつも、「クリームソースがかかっているよう」と形容する独自の感性で捉えていました。シュターツカペレ・ドレスデンについては、個々の奏者の力量を超え、楽団全体としてのユニークな個性が際立つ稀有な存在だと評しています。

彼のレパートリーは、バロック時代から現代音楽まで、非常に幅広い範囲に及びました。特にヨハン・ゼバスティアン・バッハの作品解釈には定評があり、多くの音楽ファンを魅了しました。ニコレはまた、現代作品の積極的な擁護者としても知られています。「人々が新しい本を待ち望むように、新しい音楽作品の発表をもっと期待すべきではないか」という強い問題意識を持ち、数多くの新作初演や普及に努めました。彼の探求心と演奏能力に感銘を受けた多くの作曲家が、ニコレのために作品を献呈しています。日本の作曲家である武満徹もその一人であり、ニコレの70歳の誕生日を祝して書かれた遺作『エア』や、『ヴォイス』といった作品が彼に捧げられました。

フルート奏者としての卓越した技術、幅広い音楽性、そして教育者としての情熱によって、オーレル・ニコレは20世紀後半のフルート界に計り知れない影響を与えました。評論家の浅里公三は、ニコレを「多彩な活動と音楽性でフルート隆盛を築いた最大の功労者」の一人として高く評価しています。2016年1月29日、彼は90歳の誕生日を迎えた直後にその生涯を閉じましたが、その功績は今なお多くのフルート奏者や音楽愛好家に記憶されています。

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