カザン学派

カザン学派：構造主義言語学への先駆的貢献

19世紀後半、ロシア帝国のカザン大学で生まれたカザン学派は、言語学の歴史において重要な役割を果たした、影響力のある学派です。この学派の中心人物は、ボードゥアン・ド・クルトネとその弟子たちであり、彼らの革新的な言語研究は、後の構造主義言語学の基礎を築く上で重要な役割を果たしました。

ボードゥアン・ド・クルトネとミコワイ・クルシェフスキ

カザン学派の指導者であったボードゥアン・ド・クルトネ（1845-1929）は、言語の静態と動態の両面を研究し、言語と音声の関係を生理学的、心理学的両面から分析しました。彼の弟子であるミコワイ・クルシェフスキ（1851-1887）は、クルトネの研究を発展させ、言語における音素（фонема、phonème）という概念を導入しました。クルシェフスキによる音素の概念は、心理的な音声の単位として捉えられており、これは、フェルディナン・ド・ソシュールの『一般言語学講義』における音素の概念とは異なっていました。ソシュールにおいて音素は語源的に同じ音の異なるあらわれを意味していましたが、クルシェフスキは音素を心理的な単位として捉えた点が大きな違いです。

カザン学派の業績と影響

クルトネとクルシェフスキは、言語における音韻論や形態論に重要な貢献をしました。彼らの研究は、言語の内部構造や機能を理解する上で画期的なものでした。しかしながら、彼らの生前においては、これらの研究は国際的に評価されることはありませんでした。

カザン学派の業績が広く知られるようになったのは、ロマーン・ヤーコブソンによる紹介がきっかけでした。ヤーコブソンは、カザン学派の研究が、後の構造主義言語学の基本的考え方に通じていることを示し、その重要性を再評価しました。特に、クルトネが言語の静態と動態を区別し、言語と音声の関係を論じたことは、後の言語学の研究に大きな影響を与えました。また、クルシェフスキによる音素の概念は、音韻論の発展に重要な貢献をしました。

短命に終わった学派

1880年代にクルトネがカザンを離れ、クルシェフスキが早逝したため、カザン学派は短命に終わりました。しかし、クルトネはその後サンクトペテルブルクに移り、そこでレフ・シチェルバやエフゲニー・ポリワーノフといった言語学者たちに影響を与えました。興味深いことに、ソシュール自身も一般言語学講義以前からクルトネとクルシェフスキの業績を知っており、高く評価していたとされています。

まとめ

カザン学派は、その短い歴史にも関わらず、言語学の歴史に大きな足跡を残しました。彼らの研究は、後の構造主義言語学の発展に多大な影響を与え、今日でもその重要性は高く評価されています。クルトネとクルシェフスキの業績は、言語学における新たな地平を切り開き、現代言語学の基礎を築く上で重要な役割を果たしたと言えるでしょう。彼らの研究を理解することは、言語学全体を理解する上で不可欠な要素です。今後の言語学研究においても、カザン学派の業績は重要な参照点であり続けるでしょう。

もう一度検索