カッシウス・ディオ

カッシウス・ディオ：ローマ帝国を記録した歴史家

カッシウス・ディオ・コッケイアヌス（155年頃～229年以降）は、ローマ帝国後期を代表する歴史家であり、同時に政治家としても活躍した人物です。ビテュニアのニカイアで、ギリシャ系の元老院議員の子として生まれました。彼の母方の親族には、著名なギリシャ人著述家ディオン・クリュソストモスがいたと伝えられていますが、その関係性は確証されていません。ディオはローマ市民権を持ち、名門カッシウス氏族に属する上流貴族でしたが、その出自はローマ化されていない東方属州にあり、ローマ世界を独特の視点から見つめていたと言えるでしょう。

彼の名声は、何よりも80巻に及ぶ歴史大著『ローマ史』によって築かれました。この書は、アエネアスのイタリア上陸からアレクサンデル・セウェルス帝の時代まで、およそ1400年間の歴史を網羅しています。共和政ローマ時代の記述は簡潔ですが、帝政時代、特にディオ自身が生きた時代についてはきわめて詳細な記録を残しています。これは、ディオが皇帝と直接関わる立場にいたためであり、同時代史としての価値は非常に高いと言えます。

『ローマ史』の執筆には22年もの歳月が費やされたと伝えられています。しかし、現存するのは全80巻のうち一部のみです。特に最初の36巻はほとんど散逸しており、断片的にしか残っていません。残された部分でも、第55巻など、多くの部分が欠落しています。それでも、ポンペイウスの台頭やトイトブルクの森の戦い、セイヤヌスの粛清といった重要な出来事に関する記述は、今日でも貴重な史料として研究されています。残された断片は、主に『Fragmenta Valesiana』、『Fragmenta Peiresciana』、『Fragmenta Ursiniana』、『Excerpta Vaticana』といった複数の文献にまとめられています。これらの断片は、様々な文献からの引用や、東ローマ帝国時代の皇帝が収集した断片などを集めたものです。

ディオの政治経歴は、コンモドゥス帝の時代に元老院議員として始まり、セプティミウス・セウェルス帝の死後にはスミルナ市の長官を務めました。補充執政官やアフリカ属州、パンノニアの総督を歴任した後、一時的に公職を離れますが、アレクサンデル・セウェルス帝に重用され、二度目の執政官に就任し、側近として活躍しました。しかし、彼の皮肉な物言いは近衛隊の反感を買うこととなり、晩年には故郷ニカイアに戻り、そこで亡くなったと考えられています。

ディオは『ローマ史』の執筆において、トゥキディデスを範としたとされていますが、彼の作品は必ずしもトゥキディデスのような客観性や正確性を備えているとは言えません。ギリシャ語で書かれた『ローマ史』は、ラテン語の専門用語を多く含んでおり、ディオのギリシャ語は正確とはいえ、やや不自然な点も指摘されています。それでも、『ローマ史』は、ローマ帝国の歴史を知る上で欠かせない重要な史料であり、今日まで多くの研究者の注目を集め続けています。今後の研究によって、失われた部分の発見や、ディオの記述のより正確な解釈が期待されます。

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