カテブ・ヤシーン

カテブ・ヤシーン：植民地と独立の狭間で生きた作家の生涯と文学

カテブ・ヤシーン (1929年-1989年) は、20世紀を代表するアルジェリアの作家の一人です。フランス植民地時代のアルジェリア、コンスタンティーヌに生まれました。父はムスリムの弁護士で、幼少期はアラビア語教育を受けましたが、父の転勤を機にフランス語系の学校へ進学します。1945年、コレージュ・ド・セティフ在学中にアルジェリア民族運動の高まりから発生したコンスタンティーヌ暴動に参加、逮捕されるという経験をしました。この出来事により、ヤシーンの親族が犠牲となり、母親は精神を病んでしまいます。この辛い体験は、後の彼の創作活動に大きな影響を与えました。

逮捕後、ヤシーンは創作活動を本格的に開始します。処女詩集『ひとり言』を発表した後、日刊紙記者や肉体労働者など様々な職を転々とする中で、フランス植民地時代を背景とした小説『ネジュマ』(アラビア語で「星」の意) を発表。この作品は高い評価を受け、彼の作家としての地位を確固たるものにしました。

アルジェリア戦争中はヨーロッパ各地を放浪しながら、劇作集『報復の環』を発表。アルジェリア独立後も、祖国アルジェリアとフランスを行き来する生活を送りながら、『星形の多角形』を執筆するなど、創作活動を続けました。晩年は戯曲に力を注ぎ、『ゴムサンダルの男』やアラビア語で書かれた『ムハンマド、お前のスーツケースをとれ』、侵略者とアルジェリア人の対立を描いた『2千年戦争』など、多くの作品を発表しました。これらの作品は、植民地支配や戦争、独立後の社会問題など、アルジェリアの複雑な歴史と社会構造を鋭くえぐり出しています。

ヤシーンの作品は、アラビア語とフランス語の両方で書かれ、その多様な言語表現も特徴の一つです。彼の作品は、アルジェリアだけでなく、世界中の読者や研究者から高い関心を集め続けています。それは、植民地主義や民族主義といった普遍的なテーマを扱いつつ、アルジェリアの文化や歴史を深く理解することでなければ表現できない複雑な感情や葛藤が、彼の作品に凝縮されているからでしょう。

私生活では、息子のアマジーグ・カテブはフランスのレゲエバンド「グナワ・ディフュージョン」のボーカルを務めており、俳優のレダ・カテブはヤシーンの大伯父にあたります。彼の家族もまた、芸術や文化に携わっていたことが分かります。

カテブ・ヤシーンの生涯と作品は、アルジェリアの歴史と文化を理解する上で欠かせないものです。彼の作品は、単なる文学作品としてだけでなく、アルジェリアの過去、現在、そして未来を考えるための重要な手がかりを与えてくれるでしょう。 彼の作品は、翻訳を通して世界中に読まれ、今後も多くの読者を引きつけ続けることでしょう。 彼の影響は、現代のアルジェリア文学、そして世界の文学にまで及んでいます。彼の複雑で力強い作品群は、読者に深い感動と多くの示唆を与え続けるでしょう。

主な著作

『ひとり言』(Soliloques)
『ネジュマ』(Nedjma)
『報復の環』(Le Cercle des représailles)
『星形の多角形』(Le Polygone étoilé)
『ゴムサンダルの男』(L'Homme aux sandales de caoutchouc)
『ムハンマド、お前のスーツケースをとれ』(Boucherie de l'espérance) / 『2千年戦争』(La Guerre de deux mille ans)

参考文献

島田尚一『ネジュマ』訳者あとがき
岡真理『アラブ、祈りとしての文学』みすず書房、2008年

関連項目

* アルジェリア戦争

もう一度検索