カベイロス

ギリシャ神話の世界に登場する神々のうち、カベイロス（複数形ではカベイロイ）は、鍛冶、農耕、そして豊穣といった様々な神格を持つ神秘的な存在です。彼らはしばしば、偉大な鍛冶の神であるヘーパイストスと、カベイローという名の女性神（あるいはニュムペー）の息子たちであると語られます。その名称は、フェニキア語で「強力なもの」を意味する言葉に由来すると考えられており、古代オリエントとの関連も示唆されています。

原始的な信仰においては、カベイロイは地下に宿る精霊として崇められていたようですが、後に火山活動が活発な島々に信仰が広がるにつれて、火を司る守護神としての性格も持つようになりました。彼らが何柱の神々で構成されるかについては地域ごとに違いがあり、二柱から七柱まで様々でした。

特にエーゲ海に浮かぶサモトラキ島では、カベイロス信仰が非常に栄えました。この島では、大地母神アクシエロス、カドミロス、アクシオケルソス、アクシオケルサといった神々に加え、テーベの創始者とされる英雄カドモスとその妃ハルモニアーをも加えて、「偉大なる神々（メガロイ・テオイ）」と総称し、篤く崇拝していました。サモトラキ島におけるカベイロスたちは、豊かな実りをもたらす豊穣の神としてだけでなく、海上での安全を守る航海安全の神としても特に重要視されていました。船乗りたちは航海の無事を願って彼らに祈りを捧げ、その神像を船に乗せることもありました。

カベイロス信仰の中核をなしていたのが、その存在が古代世界に広く知られていた密儀（秘儀）です。この密儀については、紀元前5世紀の歴史家ヘロドトスがその著書『歴史』の中で言及しており、エレウシスの秘儀と並び称されるほど有名でした。密儀はテーバイをはじめ、インブロス島、レームノス島、そして中心地であったサモトラケといったエーゲ海の島々で行われていました。ギリシャ本土でこの密儀が行われていたことが確認されているのは、ボイオーティア地方だけです。

この密儀は、ディオニュソスの信仰に見られるような熱狂と陶酔を伴うものであったと伝えられています。また、神話上の伝説的な吟遊詩人オルペウスが、イアソン率いるアルゴ船の探検隊（アルゴナウタイ）に対してこの密儀への入信を勧めたという伝承も存在しており、その起源が非常に古い時代に遡ることを示唆しています。密儀への入信者は、カベイロスたちの神々の守護を得られると信じられていました。

歴史的な記録によれば、マケドニア王国のフィリッポス2世（紀元前4世紀、アレクサンドロス大王の父）もサモトラキ島のカベイロス教団に入信していたといわれています。ヘレニズム時代に入ると、マケドニアの王族や有力者からの多額の寄進が集まるようになり、サモトラキ島のカベイロス教団は豊かな財力を蓄え、その影響力を拡大していったと伝えられています。

このように、カベイロス信仰は、鍛冶や農耕といった生産活動から、航海安全、さらには神秘的な密儀に至るまで、古代の人々の生活の様々な側面に関わる、多層的な性格を持った信仰であったといえるでしょう。特にサモトラキ島は、カベイロス信仰の中心地として、地中海世界の多くの人々を引きつけました。

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