カロン (衛星)

カロン

カロン（英: Charon）は、太陽系の準惑星である冥王星を周回する最大の衛星です。同時に、冥王星自体が冥王星型天体という準惑星に分類されるため、カロンは「準惑星の衛星」という位置づけになります。

発見と命名

カロンは1978年6月22日、アメリカの天文学者ジェームズ・クリスティーによって発見されました。命名にあたっては、母天体である冥王星がローマ神話の冥府の王プルートーにちなむことから、これに関連付けてギリシア神話に登場する冥府の川アケローンで死者の魂を運ぶ渡し守「カローン」の名が選ばれました。英語でのCharonの読み方には特徴があり、発見者であるクリスティーが自身の妻シャーリーン（Charlene）の愛称「シャー（Char）」と同じ発音をしていたことから、英語圏では一般的に「シャーロン」と呼ばれるようになりました。

衛星系の構成と位置づけの変遷

カロンが発見されて以降、2005年10月31日に新たにヒドラとニクス（当時の仮称S/2005 P 1とS/2005 P 2）が発見されるまでの間、カロンは冥王星にとって唯一の衛星だと考えられていました。カロンは衛星としては母天体である冥王星に対して特筆すべき大きさ（直径が冥王星の半分以上）を持ち、質量も冥王星の約7分の1とかなり大きいため、冥王星とカロンの共通重心は冥王星の地表ではなく、両天体の間に位置しています。このような関係性から、冥王星とカロンは単なる惑星とその衛星ではなく、「二重惑星」と見なされることもありました。

宇宙における天体の分類は、2006年8月16日から開催された国際天文学連合（IAU）の総会において大きな転換点を迎えました。当時「第10惑星」とも言われた2003 UB313（後のエリス）の発見を契機に、惑星の明確な定義が検討されたのです。当初提案された定義案では、エリスや小惑星ケレスと共にカロンも太陽系の惑星に分類される可能性がありましたが、この案には反対意見が多く、同年8月24日に修正案が採択されました。その結果、冥王星自身が惑星から準惑星に再分類されることになり、カロンは正式に「準惑星の衛星」と呼ばれることになったのです。

物理的特性と軌道

カロンには大気がほとんど存在しないため、探査機が接近する以前から地上の望遠鏡を用いた観測でも比較的正確に直径を推定することが可能でした（推定値は1186kmから1220km程度）。2015年に冥王星系に到達した探査機ニュー・ホライズンズによる精密な測定により、その直径は1208kmと再確認されました。質量は1.90 ×10²¹ kgで、冥王星の約7分の1に相当します。

赤外線スペクトル観測の結果、カロンの表面は主に水の氷で覆われていることが判明しており、メタンの氷が多い冥王星の表面組成とは対照的です。平均密度は2.24g/cm³であり、冥王星の2.05g/cm³よりもやや高い値を示しています。これは、冥王星に比べてカロンの方が、メタンなどの軽い物質に対する水の氷の割合が多いことに起因すると考えられています。

冥王星とカロンは、互いに潮汐ロックされた関係にあります。これは、両天体が常に同じ面を向け合いながら公転・自転している状態です。このため、もし冥王星やカロンの表面に立ったとすれば、相手の天体は常に空の一点に静止しているかのように見えることになります。1980年代後半には、カロンが地球と冥王星の間を通過する際に発生する食を利用して、冥王星の表面の明るさの変化を観測する試みも行われました。このような食の期間は、冥王星が太陽を一周する公転周期（約248年）の間に2度、それぞれ数年間にわたって発生しました。

冥王星-カロン系は、その共通重心が主天体の外にある系としては、太陽系内で最も規模が大きいという点で重要な特徴を持ちます。このようなシステムは連星系と呼ばれ、小規模な例としては一部の小惑星（例:パトロクロス）にも見られます。カロンの直径が冥王星の半分以上もあることと合わせて、この特徴がかつての二重惑星説の根拠となりました。

起源の説

カロンの形成については複数の説が提唱されてきました。過去には、冥王星とカロンが海王星の最大の衛星トリトンと共に、かつては海王星の衛星であり、衛星同士の重力的な相互作用によって海王星軌道からはじき出されたという仮説を提唱する研究者も存在しました。トリトンと冥王星には大気や地質組成に類似点があることから、トリトン自体も元々は太陽系外縁天体だった可能性も示唆されましたが、現在では冥王星が海王星の衛星だったという説は広く受け入れられてはいません。

現在最も有力視されているのは、2005年にロビン・キャヌプによって発表されたシミュレーションに基づく大衝突説です。この説によれば、カロンは地球の月と同様に、およそ45億年前に発生した巨大な天体衝突によって誕生したと考えられています。シミュレーションの結果は、冥王星のサイズに近い、直径1,600kmから2,000km程度の他の太陽系外縁天体が、秒速1km程度の速度で冥王星に衝突し、飛び散った物質が集まってカロンが形成された可能性を示しています。キャヌプはこの種の衛星形成過程が、太陽系形成初期には比較的普遍的に見られた現象だったのかもしれないと推測しています。

地形の特徴

探査機ニュー・ホライズンズの接近観測によって、それまで謎に包まれていたカロンの地形の詳細が明らかになりました。カロンの北極付近には、直径300kmを超える広範囲にわたる暗い領域があり、研究チームの間では、J.R.R.トールキンの小説『指輪物語』に登場する冥王サウロンの領地「モルドール（MORDOR）」にちなんで「モルドール領域」という愛称で呼ばれています。この極域が暗い原因は完全には解明されていませんが、暗い色をした物質が地表に存在することが要因と考えられています。

また、ニュー・ホライズンズが撮影した画像には、アメリカのグランド・キャニオン（長さ約429km）をはるかに凌駕する、長さ1000kmにも及ぶ巨大な谷や、深さ7kmから9kmに達する深い谷が写し出されています。さらに、冥王星と同様にクレーターの数が少ないという特徴も観測されています。これらの地形的特徴は、カロンでも過去に地殻変動が発生していた可能性を示唆しています。しかし、冥王星と同様に、これらの大規模な地形を形成するための十分な内部熱源を持つほど巨大な天体ではないことから、地球のようなプレートテクトニクスとは異なる、他のプロセスによってこれらの地形が形成されたものと推測されています。

冥王星-カロン系は、互いのサイズに対する距離や質量比、そして共通重心の位置など、太陽系の中でも特にユニークな特徴を持つ天体ペアとして、現在も詳細な研究が進められています。

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