カンパイ (競馬)

「カンパイ」とは

競馬の競走において、公正なスタートが成立しなかった際に、レースをやり直すことを「カンパイ」と呼びます。これは主に、発馬機の不具合や、出走馬がスタート合図よりも早く飛び出してしまうフライングといった状況で発生します。「カンバイ」と発音されることもあります。競馬だけでなく、オートレースの世界でもフライングによるスタートのやり直しを指して用いられます。

語源となったユニークな由来

このユニークな名称の語源は、日本に近代競馬が導入された江戸時代末期から明治時代初期に遡ると言われています。当時、日本の居留地で行われていた競馬において、スタートに失敗しやり直しが必要になった際、外国人スターターが馬たちに「カムバック」（戻ってこい）と呼びかけた声を、日本の競馬関係者が「カンパイ」と聞き間違えたことから、そのまま定着したという説が有力です。

発生の主な要因と近年の状況

「カンパイ」が発生する主な原因としては、発馬機自体の故障や誤作動、あるいは騎手や馬によるフライング行為が挙げられます。バリヤー式の発馬機が主流だった時代には、こうした不具合によるスタートのやり直しは比較的頻繁に発生していました。しかし、現在では自動化されたゲート式の発馬機が広く導入され、その性能も向上したため、機械的な故障による「カンパイ」は非常に稀になっています。

かつて地方競馬では、発走後に大きく出遅れたり、騎手が落馬したりした場合でも、発走委員の判断でスタートをやり直すことが例外的に認められるケースがありました。しかし、中央競馬との整合性を図り、ダートグレード競走の開始などを受けた1997年4月以降は、公正なスタートが確保されなかった場合以外でのレースのやり直しは原則として認められなくなりました。また、全出走馬がゲートに入る前にスターターが誤ってゲートを開けてしまい、馬が飛び出してしまったために「カンパイ」となるという、人的なミスによる事例も過去には発生しています。

中央競馬における主な事例

中央競馬の歴史を振り返ると、いくつかの著名な「カンパイ」事例が存在します。

1978年天皇賞（秋）： 大一番でのやり直しとして語り草になっているのが、この年の天皇賞（秋）です。スタート時にパワーシンボリという馬のゲートが開かず、他の馬たちは既にスタートを切ってしまいました。騎手が異変に気付くのが遅れたため、先頭の馬は約600メートルも疾走してしまいましたが、不正スタートと判断され「カンパイ」となりました。やり直しのレースではテンメイが優勝しましたが、レース後にパワーシンボリがゲートに噛み付いたことが不開の原因と判明し、原因を作った馬自身に問題があったとして議論を呼びました。
1981年京都牝馬特別： 全馬のゲートインが完了し、スターターがまさにゲートを開けようとした瞬間、1頭の馬がゲートを突き破って飛び出しました。これにつられて他の馬もスタートしてしまいましたが、スターターが素早く赤い旗を振り、わずか200〜300メートル走行した地点でレースは中断されました。この事例は、原因馬が外枠から再スタートする形でやり直しとなり、スターターの迅速な対応により事なきを得たケースとして知られています。
1982年日本ダービー： 競馬界最高の晴れ舞台である日本ダービーでも「カンパイ」は発生しています。ロングヒエンという馬が発走直前にゲートを壊して飛び出したためにスタートがやり直されました。この際、ロングヒエンは不利な大外枠からの再スタートを強いられることとなりました。
1997年12月20日中山競馬場： 平成期の中央競馬で最後に発生した「カンパイ」事例です。最終の1頭（1番枠の馬）がまだゲートに入りきっていない状況で、スターターが誤ってゲートを開けてしまい発生しました。多くの馬が「カンパイ」に気付かず約600メートルも走り、中には馬場をほぼ1周してしまった馬もいました。これらの馬のうち2頭は疲労が著しいと判断され、競走除外となりました。主催者側のミスによるものであったため、関係者には出走手当が支払われています。このレースは最終的に2頭の同着優勝という形で決着しました。平成以降、中央競馬での「カンパイ」はわずか2例のみで、令和期にはまだ発生していません。

地方競馬における主な事例

地方競馬では、中央競馬とは異なる発馬機を使用している競馬場もあり、近年でも年に数回程度の頻度で「カンパイ」が発生しています。

1974年園田事件： 地方競馬における最も有名な「カンパイ」事例であり、社会的な混乱に発展したケースです。レース中に二度にわたり発馬機の不具合が発生し、特に当時「アラブの双璧」と呼ばれた有力馬2頭が大きな不利を受けました。二度目の不具合にもかかわらずレースが続行され、競走不成立となった結果、観客の一部が暴徒化し、競馬場施設の破壊や放火、さらには売上金の窃盗といった前代未聞の事態を引き起こしました。
2002年 6月19日大井競馬場： 同一レースで2回の「カンパイ」が発生するという珍しい事例です。1回目の原因馬に加え、2回目も前回の原因馬の1頭がフライングしてゲートを潜ってしまい発生しました。いずれも原因となった馬は競走から除外されています。
2019年 3月10日高知競馬場： 発走後、1頭の馬の前扉が約4秒遅れて開き、不正発走と認められてレースがやり直されました。この件では、原因となった馬の騎手に対して「ゲート内で適切な扶助操作を行わなかった」として戒告処分が科されています。
2020年 4月2日笠松競馬場： 厩務員がゲートに誘導した後に退出しきる前にゲートが開いてしまい、厩務員がスタートした馬に蹴られるというアクシデントが発生しました。発走委員はこれを公正な発走と認めず「カンパイ」としましたが、全馬が馬場をほぼ一周してしまい疲労が著しかったことから、競走不成立となり、投票券はすべて返還されました。
2024年5月8日川崎競馬場： この日は900m戦の第4競走と第7競走で1日に2度の「カンパイ」が発生しました。第4競走では厩務員がゲートを離れる前に全ゲートが開いてしまい、全馬がゴールまで走ったため、競走能力への影響を考慮して全馬が競走除外となり、競走不成立となりました。第7競走では1頭の馬がゲートに突進したことでゲートが開いて不正発走と認められ、長い距離を走ったこの1頭のみが競走除外となりました。第7競走の原因馬の騎手には「発走地点での扶助操作不十分」として戒告処分が科されています。
2025年6月12日大井競馬場： 1200mの重賞トライアル競走において、発走前に1頭の馬がゲートから出てしまい、発走委員が不正発走と判断しレースを中断しました。その後、全馬は発走地点に戻され、時間を置いてから競走がやり直されました。

これらの事例からもわかるように、「カンパイ」は競走の公平性に大きく関わる出来事であり、原因や状況によっては、競走不成立や関係者への処分、観客の混乱など様々な影響を及ぼす可能性があります。現代でも発生しうるアクシデントです。

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