カーロイ4世の復帰運動

1921年、オーストリア＝ハンガリー帝国最後の皇帝であったカール1世（ハンガリー王としてはカーロイ4世）がハンガリー王位への復帰を試みた一連の出来事です。この運動は、ハンガリーの摂政ホルティ・ミクローシュによって阻止されました。

背景

第一次世界大戦後の混乱期、1920年3月に成立したハンガリー王国は、その統治者を巡り不安定な状況にありました。当初、オーストリア大公ヨーゼフ・アウグストが擁立されましたが、ハプスブルク家の復活を恐れる周辺諸国の圧力により辞退を余儀なくされました。その後、ハンガリー王国の成立に貢献したホルティ・ミクローシュ海軍中将が摂政として権力を掌握しましたが、オーストリア＝ハンガリー帝国の再興を狙うカーロイ4世は、ハンガリー王としての復帰を画策していました。

3月危機

カーロイ4世の復位の試みは、フランスの密かな支援のもとに行われました。フランス首相アリスティード・ブリアンは、カールが政権を握った際に政府を承認し、支援することを約束していました。ブリアン首相はカールにフランス軍を自由に使うことさえ提案しましたが、これは実現しませんでした。フランスは公式には王政復古に反対していましたが、裏ではカールの復位を支援していたことが明らかになっています。

1921年3月26日、ホルティが休暇中の隙を突いて、カールはハンガリーのソンバトヘイに到着しました。カールは、国民軍の有力者レハール・アンタルをはじめとする政府高官の支持を得ていました。翌27日には王宮に入り、ホルティにオーストリアへの進撃を要求しました。しかし、内戦で疲弊したハンガリーにはその力がないと判断したホルティは、要求を拒否。両者の話し合いは決裂し、3週間の猶予期間が設けられました。ホルティはこの期間中にカールの行動を注視していましたが、カールはホルティが復位に動くと予想していました。

しかし、ハプスブルク家の復活を嫌う周辺諸国は反発。チェコスロバキアとユーゴスラビアは、カールの復位は両国との開戦理由になると警告しました。ハンガリー議会もホルティ支持とカールの逮捕を求める決議を可決。すべての交渉は公に拒否され、カールは4月6日にスイスへ戻らざるを得ませんでした。しかし、カールは復位を諦めず、列強やハンガリー国民が自身を支持すると考えていました。

復帰に向けての動き

6月、ホルティとベトレンがカールの復位に動かないことに不満を持った国内の王党派や正統主義者は、政府への攻撃を強めました。8月には、ホルティとベトレンの政府が正統主義者との話し合いを始めました。その結果、政府はカールの復帰準備を開始しました。ハンガリーの大臣はフランス外務省に対し、「カールの復帰を求める世論が高まっており、復辟はやむを得ない」と伝えました。

10月危機

10月21日、ベトレン首相は正統主義者との協議で、「王政復古は権利として認められ、必要とされている」と述べました。これを受け、カールは「国事不関与声明は脅迫されて行ったもので無効」であると宣言し、列強との復帰交渉を開始する「絶好の機会」であると主張しました。しかし、カールは武力による復帰には反対していました。10月23日にはブルゲンラント州の帰属を決める国民投票が予定されており、王政派は混乱に乗じて政権を掌握しようとしました。10月22日、カールとその妻ツィタはハンガリー国内に入国しました。

ホルティはカールの声明を受け、ハンガリーを破壊の危機から守るため権力を維持すると発表し、ハンガリー軍に忠誠を求めました。また、チェコスロバキア、ユーゴスラビア、ルーマニアからなる小協商諸国は、カールの復帰を拒否することを改めて表明しました。

カール支持者は国境を越えて西ハンガリーに入り、軍の有力者であるレハールとオステンブルク＝モラヴェク・ジュラは、カール支持のデモ行進を行いました。10月23日朝、カールは装甲列車でブダペストへ向かい、9時にはブダペスト近郊のKelenföld駅に到着しました。

しかし、チェコスロバキア軍が動員を開始したという情報が入り、ブダペストには戒厳令が敷かれました。イギリス大使トマス・ホーラーは、カールがブダペストに入れば「すべてが終わる」と報告しました。

中立的な立場をとる将軍ヘゲドゥシュ・パールは、カールにホルティと直接会談することを勧めました。彼は、イギリスがハプスブルク家の復活を認めず、カール軍を受け入れればチェコスロバキア軍が攻撃してくると警告し、ホルティ軍との仲介を買って出ました。この結果、カール軍は一時停止しました。

ヘゲドゥシュとカールの会談後、ホルティとゲンベシュ・ジュラが駅に赴き、カールと会談しました。カールはオーストリア＝ハンガリー帝国の復活を語りましたが、ゲンベシュはカールの軍が「オーストリアとチェコの冒険家」で構成されていると反論しました。正午頃、オステンブルク＝モラヴェク軍の先鋒隊が政府軍と衝突し、死傷者が発生。この報告を受けたカールの側近は内戦を危惧し、カールはホルティを信用するようになりました。

10月24日午前8時、ホルティ政府はカールの軍の武装解除と退位宣言への署名を条件に、カールとその支持者の安全を保証するという要求を突きつけました。カールが条件文を読み始めた時、流れ弾が列車に当たります。これは条件に腹を立てたレハールとオステンブルク＝モラヴェクが抵抗を試みたものでした。カールは列車から叫び、彼らの抵抗をやめさせ、その後、条件文に署名し降伏しました。

危機の継続

カールらが逮捕された後も、チェコスロバキアとユーゴスラビアは国境から軍を撤収させませんでした。チェコスロバキア外相エドヴァルド・ベネシュはハプスブルク家の廃位がなければ侵攻すると最後通牒を突きつけました。ホルティはこれに怒り、軍を動員しようとしましたが、イギリス大使ホーラーによって制止されました。

11月1日、ベトレン首相は交渉を列強に委ねると発表。ハプスブルク家を排除する法案が議会で成立することを保証しました。ホルティは参謀に促され、すべての武装勢力を西ハンガリーから退去させ、ブダペストに戻りました。ベトレンの声明とホルティの勧告、そしてベネシュに対するイギリスとフランスの警告が危機を収めました。

その後

11月3日、イギリスの砲艦に乗せられたカール夫妻は、どこへ連れて行かれるのかも知らされないままハンガリーを出国しました。同日、ベトレン首相は1713年の国事詔書を無効とする法案を議会に提出しました。この詔書は、神聖ローマ皇帝カール6世が娘のマリア・テレジアの継承権を認めたもので、この詔書が無効になることで、マリア・テレジアの子孫であるハプスブルク＝ロートリンゲン家のハンガリー王位継承権は失われることになりました。11月6日、法案が通過し、事態は収束しました。

この一連の出来事は、ハンガリーの政治的安定を揺るがす大きな出来事であり、その後のハンガリーの政治情勢に大きな影響を与えました。

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