ガニュメデスの略奪 (レンブラント)

レンブラントの「ガニュメデスの略奪」：異例の解釈と隠された意味

レンブラント・ファン・レインが1635年に描いた油彩画「ガニュメデスの略奪（誘拐）」は、ギリシア神話に題材を取った作品です。ドレスデンのアルテ・マイスター絵画館に所蔵され、17世紀オランダ黄金時代の巨匠による力作として知られています。

この絵画は、ゼウスが鷲の姿に変身して、トロイア王家の若き羊飼いガニュメデスをさらう場面を描いています。この物語は、オウィディウスの『変身物語』に由来しますが、レンブラントは、カレル・ファン・マンデルの「オウィディウス註解」からの着想も得ていたと考えられています。ファン・マンデルは、ガニュメデスを神を希求する純粋な魂、ゼウスの行為をガニュメデスの不滅への昇華と解釈していました。

しかし、レンブラントの絵画におけるガニュメデスの描写は、従来の解釈とは大きく異なります。泣き叫び、丸々と太った尻を出し、おしっこを漏らしている幼児の姿で描かれているのです。これは、ルネサンス美術に見られる「小便するプットー」というコミカルなモチーフを巧みに転用したものでしょう。ガニュメデスが手に持っているサクランボは、無垢と欲情の象徴とされてきましたが、この絵画では食べ残されたものとして描かれ、誘拐された状況を示唆しています。

1915年には、研究者ホフステーデ・デ・フロートが本作を分析。それ以前には、ジョン・スミスが本作の主題を非常に異例なものと指摘していました。彼らは絵画の主題には直接言及していませんが、レンブラントの表現方法が従来のガニュメデス像とはかけ離れていることを示唆しています。ガニュメデスは、通常美しい青年として描かれるのが一般的だったからです。

レンブラントがガニュメデスを嫌がる少年として描いたことについて、単純なルネサンス期の同性愛的稚児愛の文脈で解釈すべきではありません。むしろ、プロテスタントのバロック的な解釈で、過度に早く命を奪われる愛される子供という見方が適切でしょう。その後、1670年代にはニコラース・マースが、死の床にある子供の肖像と見なせるガニュメデスを描いた作品を残しています。

この絵画の来歴についても興味深い記録が残されています。1671年の目録には、「een stuck van Ganimedes – f7.-」と記載されており、レンブラントの甥で弟子のカレル・ファン・デル・プライムの叔母の所有物であったことがわかります。

「ガニュメデスの略奪」は、ギリシア神話を題材としながらも、レンブラント独自の解釈と表現によって、従来のイメージを覆す作品となっています。泣き叫ぶ幼児の描写、食べ残されたサクランボ、そして背景にある宗教的、文化的文脈を考慮することで、この絵画に込められた複雑なメッセージを読み解くことができます。一見コミカルにも見える描写の中に、深い悲しみや、生と死、そして人間の儚さといったテーマが潜んでいるのかもしれません。 この絵画は、単なる神話の描写を超え、人間存在への深い洞察を示す、レンブラントの卓越した表現力の証と言えるでしょう。

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