ガブリエレ・ミュンター

ガブリエレ・ミュンター：表現主義を彩った女性画家

ガブリエレ・ミュンター（1877年2月19日 - 1962年5月19日）は、ドイツ表現主義を代表する女性画家であり、ミュンヘン新芸術家協会と青騎士のメンバーとして活躍しました。彼女は絵画だけでなく、版画制作にも才能を発揮し、また、ヴァシリー・カンディンスキーのパートナーとしても知られています。ミュンターは、第二次世界大戦中にカンディンスキーの作品を保護し、戦後には自身と青騎士の芸術家たちの作品を広く公開しました。

生涯

両親と幼少期

ガブリエレの父、カール・ミュンターは、ヴェストファーレンの牧師の家庭出身で商人でした。1848年の革命に参加したことが原因でアメリカに追放されましたが、歯科医師として成功し、ドイツ人女性ヴィルヘルミーネ・ショイバーと結婚しました。その後、夫妻は政治不安なアメリカを離れ、ベルリンに移り住みました。ガブリエレは1877年、ベルリンで3人兄弟の末っ子として生まれ、その後、家族はヘアフォルト、コブレンツへと移り住みました。幼少期から乗馬、スケート、ダンス、サイクリングに熱中し、音楽を愛し、作曲も行いました。父の死後、芸術的な才能を示していた彼女は、兄の勧めでデュッセルドルフの女子芸術学校に入学しますが、当時は女性が国立芸術院に進むことはできませんでした。

画家修業とカンディンスキーとの出会い

1901年、ミュンヘンに移ったミュンターは、やはり女性が公立の芸術院に入学できない状況の中、女流芸術家協会の付属画学校で学びました。その後、進歩的な芸術学校「ファランクス」に移り、カンディンスキーと出会います。ミュンターはカンディンスキーの指導のもと、芸術が技術とは異なるものであることを理解し、内面的精神を絵画で表現することを学びました。

カンディンスキーとの恋愛

1902年、ミュンターはカンディンスキーの夏季講習に参加し、屋外での制作やサイクリングを通して、関係を深めていきました。1903年には婚約しますが、カンディンスキーはまだ別の女性と結婚していました。彼らの関係は、周囲には秘密にされ、1911年まで、カンディンスキーは別の女性との結婚を維持したままでした。ミュンターはカンディンスキーと頻繁に旅行し、制作に励みました。1904年にはオランダ、1905年にはチュニス、1906年にはパリ近郊に滞在し、1908年には、ミュンヘン近郊のムルナウで表現主義的な色彩へと至る一歩を踏み出しました。

ミュンヘン時代と青騎士

1909年、カンディンスキーを会長とし、ミュンターらによって「ミュンヘン新芸術家協会」が発足しました。ミュンターはムルナウに家を購入し、毎夏、前衛画家たちを迎えました。1911年には、協会内の対立からカンディンスキー、ミュンター、フランツ・マルクらが脱退し、「青騎士」を結成しました。ミュンターは青騎士の展覧会を通して、大きな芸術的成果を体験しました。第一次世界大戦が始まると、カンディンスキーはロシアに帰国し、ミュンターとの関係は終焉を迎えました。その後、カンディンスキーは別の女性と結婚し、ミュンターは大きな失意を味わいました。

後半生

失意の中、ミュンターは1920年にミュンヘンに戻り、鬱病に苦しみましたが、1922年以降、芸術活動を再開しました。1927年には芸術史家のヨハネス・アイヒナーと出会い、終生を共にしました。ナチスが政権を握ると、現代芸術への弾圧が始まり、ミュンターも活動を制限されました。しかし、彼女はカンディンスキーの作品を自宅の地下に隠し、保護し続けました。戦後、ミュンターは青騎士の回顧展を主催し、自身の作品も広く公開しました。1957年には、膨大なコレクションをミュンヘン市に寄贈し、レンバッハハウス美術館の名を世界に知らしめました。1962年、ミュンターはムルナウの自宅で亡くなりました。

芸術的特徴

初期

初期のミュンターは、カンディンスキーから大きな影響を受け、印象派の流れを汲む外光表現を積極的に取り入れました。夏季講習では、シンプルな輪郭で風景を捉え、木版画の技術も習得しました。油彩では、ペインティングナイフを用いて厚く絵具を塗り重ねる後期印象主義的な技法を用いて、風景や街並みを描きました。

ミュンヘン新芸術家協会と青騎士

ムルナウでの滞在と集団制作を通して、ミュンターは芸術的な転換期を迎えました。ペインティングナイフから筆に持ち替え、力強い色彩と筆致で身近な風景を描き始めました。また、平面的で遠近法を超越した画面構成、簡潔な輪郭線、そして鮮烈な色彩を獲得しました。ムルナウでは、オーバー・バイエルン地方の民衆芸術との出会いもあり、単純化された表現を取り入れました。ミュンターの宗教的な静物画は、「青騎士」の芸術にとって重要な特徴となりました。また、子供の絵からインスピレーションを得て、抽象化を試みました。カンディンスキーとの類似が指摘されますが、ミュンターは対象から完全に離れることはありませんでした。彼女は直観的な把握と単純化の才能により、モティーフを絵画の中で昇華させました。

カンディンスキーとの別離後

カンディンスキーが抽象絵画へと進んだのに対し、ミュンターは青騎士時代の特徴を残しつつ、抽象的な表現も取り入れました。

作品抄録

ハルモニウムの前のカンディンスキー（1907）
傾聴（ヤウレンスキーの肖像）（1909）
白い壁のある風景（1910）
オレンジのある静物（1910）
積み車のモミ殻（1911）
実りの風景（1911）
黒い仮面とバラ（1912）
子どもとボール（1916）
シュタッフェル湖の秋（1923）
小鳥たちの朝食（1934）
* ムルナウのオリンピア通り（1936）

評価

ミュンターは、ドイツ表現主義の画家、カンディンスキーのパートナー、進歩的な女流芸術家、そしてナチスの狂気から芸術作品を守った人物として、多面的に語られます。彼女の表現主義への貢献は大きく、特に「青騎士」における役割は重要です。ミュンターは、単純化されたフォルムと色彩で対象を抽象化しつつも、完全な抽象絵画には至りませんでした。彼女は、モティーフの内面にあるものを感じ、本質を抽象化して表現することに成功しました。また、女流画家として社会の伝統を打ち破り、自己の内面を深く追求しました。さらに、カンディンスキーらの作品を保護したことは、芸術史における重要な功績です。

ミュンターは、表現主義の発展に貢献し、女性芸術家の道を切り開いた、重要な画家の一人です。

もう一度検索