ガリレイの生涯

ベルトルト・ブレヒト作の戯曲『ガリレイの生涯』（原題：Leben des Galilei）は、近代科学の父として知られるイタリアの自然科学者ガリレオ・ガリレイの晩年を描いた作品です。科学の探求とその成果が、当時の権力や既存の価値観といかに衝突し、また折り合いをつけようとするかという、普遍的なテーマを扱っています。この劇は1943年9月9日、スイスのチューリッヒで初めて上演されました。

劇の構成とあらすじ

物語は全15景から成り、ガリレイの人生における後半の約30年間を追いかけます。1609年、ガリレイはヴェネツィアで大学教員として働いていましたが、その待遇は恵まれず、思うように研究に没頭できない日々を送っていました。より良い環境を求めた彼は、新たな望遠鏡を開発して大学に売り込みを図るなどした後、その望遠鏡を用いて土星の衛星を発見したと信じ込みます。彼はこの発見こそが、長らく信じられてきたプトレマイオスの天動説を覆し、コペルニクスの地動説を証明する決定的証拠であると確信します。

ヴェネツィアの地を離れ、より高給が見込めるフィレンツェの宮廷へ移ったガリレイでしたが、そこでは宮廷の学者たちが望遠鏡を覗くことすら拒否するという壁に直面します。それでも地動説の提唱を続けた結果、1616年にはついに教皇庁の研究者からも一定の評価を得ますが、それと引き換えに地動説に関する研究と公表の中止を求められます。

その後8年間、ガリレイは表向き地動説の研究から離れ、弟子たちや娘ヴィルジーニアと共に他の科学分野の研究に没頭します。しかし、かつての知人であり天文学者でもあったバルベリーニ枢機卿が新たな教皇に選出されたという知らせが入ると、彼は再び地動説の研究に情熱を燃やし始めます。ガリレイはさらに、専門家だけでなく一般市民にも理解できるよう、イタリア語で書かれたパンフレットによって自身の学説を広めました。この試みは功を奏し、彼の地動説は続く10年の間に人々の間に広く浸透していきます。

しかし、新教皇となったバルベリーニは、科学的真理よりも教会と既存の社会秩序を維持することを選び、ガリレイを異端審問にかけます。拷問を受ける可能性を示唆されたガリレイは、最終的に地動説を撤回してしまいます。この行為に深く失望した最も信頼する弟子のアンドレアは、「英雄のいない国は不幸だ」とガリレイを非難します。しかし、ガリレイはそれに対して「いや、英雄を必要とする国こそ不幸なのだ」と答えるのでした。

ガリレイの撤回は、実際には教会の目を欺くための方便でした。幽閉された後も、娘の厳しい監視の目をかいくぐりながら、彼は密かに晩年の主著となる『新科学対話』を完成させます。後に師の真意を知ったアンドレアは、自身の不明を詫びにガリレイのもとを訪れます。しかしガリレイは、自らが取った「方便」が、本来ならば民衆によって受け継がれるべき科学を、結果として権力者の手に渡してしまうことになったと自らを強く断罪するのでした。

成立と上演の経緯

本作の最初の草稿は1938年、ナチス・ドイツの迫害を逃れてデンマークへ亡命中に書き上げられました。この初期のバージョンでは、ガリレイが異端審問の場で恭順の姿勢を見せたことを、研究を継続するための「抵抗戦略」の一種として肯定的に描かれていました。しかし、ブレヒトは後にアメリカで亡命生活を送る中で、広島・長崎への原爆投下のニュースに触れ、科学研究がそれ自体を目的として暴走し、権力に利用される危険性を深く認識します。この衝撃はブレヒトに作品の根本的な書き直しを決意させ、改稿版ではガリレイの自己断罪と、科学者が社会に対して負うべき責任がより強調される形となりました。このようなブレヒトの意図を反映するため、上演時には『新科学対話』が国外に運び出される様子を描いた最終景がカットされるのが一般的となっています。

改稿版はまずアメリカで、チャールズ・ロートン主演で上演されましたが、大きな反響は呼びませんでした。その後、ブレヒト自身の劇団であるベルリナー・アンサンブルでの上演が、ブレヒトとエーリヒ・エンゲルの共同演出で計画されます。稽古は1955年から始まりましたが、ブレヒトは翌1956年に死去したため、その成功を目にすることは叶いませんでした。しかし、これらの稽古の記録はロートン主演時の記録と共に「モデルブック」として出版され、その後の上演に大きな影響を与えました。ベルリナー・アンサンブルでの上演が成功して以降、『ガリレイの生涯』は核兵器の時代における科学技術と政治権力の関係を問う重要な劇として世界中で注目され、繰り返し上演されています。日本でも早くから紹介され、1958年には千田是也の翻訳・演出により、俳優座で初めて上演されました。

この作品は、科学者が直面する倫理的な問いや、真理を求める探求心が権力といかに向き合うべきかという、時代を超えた課題を観る者に突きつけ続けます。

もう一度検索