キス・ミー・ウィズ・ザ・ウインド

KISS ME WITH THE WIND

「KISS ME WITH THE WIND」は、シンガーソングライター、ブレンダ・ラッセルが1990年にリリースした、通算5枚目のソロ・アルバムです。前作である1988年のアルバム『Get Here』の商業的な成功を受け、ラッセルはこの作品で新たな音楽的探求を試みました。

本作の制作にあたり、ブレンダ・ラッセルは多様なプロデューサーやソングライターとの協働を選択しました。特に著名なのは、当時、ホイットニー・ヒューストンやマライア・キャリーなど多くのヒットを手掛けていたナラダ・マイケル・ウォルデンです。彼はタイトル・トラックである「Kiss Me With The Wind」と、シングルとしてもリリースされた「Stop Running Away」の2曲をラッセルと共同で制作・プロデュースしました。これらの楽曲は、当時のトレンドに沿った洗練されたポップ・サウンドを特徴としています。

しかし、アルバム全体の大部分は、ブレンダ・ラッセル自身がアレンジを手掛け、一人で打ち込みを駆使して制作されました。このセルフ・プロデュース楽曲群は、ナラダとの共作に見られる外向的なポップネスとは対照的に、より内省的で実験的な色彩を帯びています。打ち込み主体のサウンドプロダクションは、当時の音楽制作の傾向を反映していると同時に、ブレンダの内面的な表現を深く掘り下げています。この二極化された音楽性により、本作は彼女のディスコグラフィーの中でも異色かつ内向的な作品として位置づけられています。

また、本作はブレンダ・ラッセルにとって、キャリア上の重要な転換点となりました。長年にわたり彼女の作品に携わってきたアンドレ・フィッシャーとの最後の共同プロデュース作品であり、さらには所属していたA&Mレコードからの最終リリースでもあります。このアルバム以降、彼女は特定のレコード会社と恒常的な契約を結ぶのではなく、単発でのリリース形態へと移行していきました。

商業的には、全米R&Bチャートで最高位65位を記録しました。イギリスのUK Blues＆Soul Top British Soul Albumsチャートでは25位にランクインしています。先行シングル「Stop Running Away」は、全米R&Bチャートで34位、アダルト・コンテンポラリー（AC）チャートでは13位と、比較的高い順位を獲得しました。もう一つの先行シングル「Kiss Me With The Wind」は、シングルとしてCD、EP、カセットテープで発売され、リミックス・ヴァージョンを含む12インチ・シングルも制作されています。

本作には、ジェフ・ポーカロ（ドラム）、アール・クルーグ（アコースティック・ギター）、ウォルター・アファナシエフ（キーボード）、グレッグ・フィリンゲインズ（キーボード）、ラリー・ウィリアムズ（サックス）、ルイス・コンテ（パーカッション）といった著名なセッション・ミュージシャンも多数参加しており、打ち込みサウンドと生演奏が見事に融合しています。収録曲の中では、「Dinner With Gershwin」が特筆されます。この曲は元々ブレンダが自身のアルバム『Get Here』に収録する予定でしたが、ドナ・サマーに提供され、彼女のアルバム『All Systems Go』（1987年）に収録された経緯があります。本作では、そのセルフ・カヴァーが収められています。

リリース形態に関しては、当時、海外ではLP、カセットテープ、CDの各フォーマットで展開されましたが、日本ではポニーキャニオンから1990年にCD（型番: PCCY-10143）のみでリリースされました。興味深いことに、本作はリリース以降、現在に至るまでどの国においても再発されていません。そのため、物理メディアでの入手は極めて困難となっており、現在は主にダウンロード販売を通じてのみ聴くことができます。

「KISS ME WITH THE WIND」は、ブレンダ・ラッセルの円熟期における実験的な側面と商業的なバランスが交錯する、キャリアの過渡期を象徴する作品と言えるでしょう。外部のプロデューサーとの協働によるポップなアプローチと、内省的なセルフ・プロデュースによる独自の音楽性が混在しており、当時の彼女の多様な音楽性を知る上で興味深い一枚です。現在はダウンロード販売を通じてのみ聴くことができます。深い作品です。

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