キム・ステレルニー

キム・ステレルニー

キム・ステレルニー（Kim Sterelny）は、1950年に誕生したオーストラリアの哲学者です。シドニー大学で博士号（Ph. D）を取得後、現在に至るまで研究と教育に精力的に取り組んでいます。活動の拠点はオーストラリア国立大学とヴィクトリア大学ウェリントンにあり、年間を通じてそれぞれの大学で教鞭を執るというユニークなスタイルを取っています。

ステレルニー氏の専門分野は、生物学の哲学と心の哲学という広範な領域に跨ります。これらの分野を横断しながら、特に生物の進化、認知の成立、そして生物が環境との相互作用を通じて自らのニッチを形成していくプロセスといったテーマに深く関心を寄せています。彼の探求する領域は非常に多岐にわたり、近年では人間を含むあらゆる生物の進化に関する膨大な数の論文や著作を発表し続けています。

彼の研究成果は高く評価されており、特に認知の進化に関する著書『Thought in a Hostile World: The Evolution of Human Cognition』（2003年）は、2004年にラカトシュ賞を受賞しました。この著作では、人間が持つ複雑な認知能力が、単なる遺伝的基盤だけでなく、「足場作り（scaffolding）」と呼ばれるプロセスを通じたニッチ構築によってどのように進化してきたのかが詳細に論じられています。生物が自身の生存や繁殖に有利なように環境を改変し、その改変された環境が生物自身の進化に影響を与えるという「ニッチ構築」の概念は、彼の研究における重要な柱の一つです。

また、2008年にはフランスの権威あるジャン・ニコ賞を受賞し、「The Fate of the Third Chimpanzee」と題した記念講演を行いました。これは、人間を「第三のチンパンジー」として捉え、その進化的な運命について論じたものです。

ステレルニー氏は、進化生物学における中心的な論争の一つである「選択の単位論争」にも積極的に関与しています。この論争において、フィリップ・キッチャーとの共著論文「The return of the gene」（The Journal of Philosophy, 85巻, 339-360ページ, 1988年）は特に有名であり、遺伝子を選択の基本的な単位と見なす視点を擁護する立場からの貢献を示しています。

彼の主要な著作は以下の通りです。

The Representational Theory of Mind: An Introduction. Wiley-Blackwell, 1991.
(Michael Devittと共著) Language and Reality - 2nd Edition: An Introduction to the Philosophy of Language. The MIT Press, 1999 (初版 1989).
(Paul Griffithsと共著) Sex and Death: An Introduction to Philosophy of Biology. The University of Chicago Press, 1999. (日本語訳: 『セックス・アンド・デス—生物学の哲学への招待』春秋社, 2009)
Dawkins vs. Gould: Survival of the Fittest. Totem Books, 2001. (日本語訳: 『ドーキンス VS グールド』ちくま学芸文庫, 2004)
The Evolution of Agency and Other Essays. Cambridge University Press, 2001.
Thought in a Hostile World: The Evolution of Human Cognition. Blackwell, 2003.
(Julie Fitnessと共同編集) From Mating to Mentality: Evaluating Evolutionary Psychology. Psychology Press, 2003.
(James Maclaurinと共著) What Is Biodiversity? The University of Chicago Press, 2008.

また、以下の著作にもエッセイを寄稿しています。

* Richard Dawkins: How a Scientist Changed the Way We Think

このように、キム・ステレルニー氏は、哲学と科学の境界を横断しながら、進化、認知、文化といった複雑な現象に対する深い洞察を提供し続けている、現代を代表する哲学者の一人と言えるでしょう。

もう一度検索