キモンとエフィゲニア

ピーテル・パウル・ルーベンス「キモンとエフィゲニア」について

ピーテル・パウル・ルーベンスは、17世紀フランドルを代表するバロック期の画家です。彼の作品『キモンとエフィゲニア』は、ジョヴァンニ・ボッカッチョの短編集『デカメロン』に収録された物語を題材としています。1615年から1620年頃に制作されたこの絵画は、油彩でキャンバスに描かれ、現在はウィーンの美術史美術館に所蔵されています。

物語のあらすじ

物語は、キプロスの裕福な大地主の息子であるキモンが主人公です。彼は生まれつき美貌に恵まれていましたが、教養や礼儀には無頓着で、周囲からは愚か者扱いされていました。父親はそんな息子に落胆し、農民たちと暮らすために田舎へ追いやります。ある日、キモンは木陰の泉のそばで、美しいエフィゲニアが女友達や召使いたちと眠っているのを見つけます。彼女の美しさに心を奪われたキモンは、エフィゲニアにふさわしい男になるため、自らを徹底的に変えることを決意します。短期間のうちに、貴族に必要な知識や教養を身につけ、数々の試練を乗り越えた後、最終的にエフィゲニアと結ばれるという物語です。

絵画の解釈

ルーベンスの絵画は、『デカメロン』の記述に忠実でありながらも、独自の解釈が加えられています。物語では、キモンがエフィゲニアを見つめる際、彼女の身体を初めて見たかのように杖で身体を支えたとされています。ルーベンスもその描写を踏襲していますが、キモンを美青年としてではなく、内面の戸惑いやぎこちなさを感じさせる姿で描いています。一方、エフィゲニアは薄目を開け、艶めかしい表情で描かれており、物語のハッピーエンドを予感させます。しかし、物語のエフィゲニアはキモンを恐れていると記されており、絵画と物語の間には解釈の違いが見られます。

構図と制作技法

本作の構図は、ルーベンスの別の作品『サテュロスに観察されるディアナとニンフ』と類似しています。ルーベンスは、1620年頃に風景の中での女性裸体の群像構成に実験を重ねていたことが、これらの作品から窺えます。また、ルーベンスの絵画制作の特徴として、本作も工房の協力者たちによって制作されています。画面右前景に描かれたサルがいる静物描写はフランス・スナイデルスによるもので、硬い線と鮮やかな色彩が特徴的です。風景部分はヤン・ウィルデンスが担当しており、それぞれの画家の個性が際立っています。

作品の評価

『キモンとエフィゲニア』は、ルーベンスの円熟期の作品として、その技術と表現力を示す重要な作品です。物語の情景をドラマチックに描き出し、見る者を惹きつける力があります。ルーベンスの卓越した画力と、工房の協力者たちの技術が融合した、見応えのある作品として評価されています。

参考資料

『ウィーン美術史美術館所蔵 栄光のオランダ・フランドル絵画展』神戸市立博物館、読売新聞社、2004年
『ルーベンス　栄光のアントワープ工房と原点のイタリア』、Bunkamuraザ・ミュージアム、毎日新聞社、TBS、2013年刊行
* 美術史美術館公式サイト、ピーテル・パウル・ルーベンス『キモンとエフィゲニア』 (英語)

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