キリストの磔刑 (アントネロ・ダ・メッシーナ)

アントネロ・ダ・メッシーナ作『キリストの磔刑』

『キリストの磔刑』は、初期イタリア・ルネサンスを代表する画家、アントネロ・ダ・メッシーナが1475年頃に制作した油彩画です。この作品は、別名『アントワープの磔刑』としても知られ、現在ベルギーのアントワープ王立美術館に所蔵されています。この美術館が所蔵する唯一のメッシーナ作品であり、画家本人の署名と制作年が記された貴重な基準作としても知られています。

作品のサイズは比較的小さく、祭壇画ではなく個人祈祷用の作品として制作されたと考えられています。画家による別の『キリストの磔刑』がロンドンのナショナル・ギャラリーにも所蔵されています。

作品の背景

この作品は、メッシーナの晩年の作風を特徴づけており、南イタリア、フランドル、ヴェネツィアの絵画様式の影響が顕著に見られます。特に、フランドル派の画家たちから学んだ油彩技法は、それまでのテンペラ技法よりも色彩を豊かに、より写実的な表現を可能にしました。また、人物の解剖学的な描写は、画家の素描技術の高さを物語っています。

描かれている内容

画面中央には、十字架に架けられたイエス・キリストが描かれています。キリストの左右には、それぞれ「良い盗賊」と「悪い盗賊」が切断された木に縛られています。３人の体は写実的に描写され、その苦悶の表情が際立っています。画面下部には、嘆き悲しむ聖母マリアと、跪く福音書記者聖ヨハネが描かれています。彼らの悲しみにくれる表情は、キリストの死に対する深い悲しみを表しています。さらに、十字架の下には頭蓋骨が描かれており、これは人類の始祖アダムを示唆しています。アダムが埋葬されたとされるゴルゴタの丘でキリストが処刑されたことは、人類の原罪に対する贖罪を象徴しています。

この作品には、死と贖罪のテーマが象徴的に表現されています。頭蓋骨の間を這う蛇は死と悪魔を、前景のフクロウは真の信仰から目を背ける罪人を表しています。十字架の背後の切り株から伸びる小枝は、神と人類の間の新旧の契約を表していると考えられています。

フランドル派の影響

画面全体の構図は、高い十字架が広大な空間を作り出し、遠くまで見渡せる風景が展開されています。聖母マリアと聖ヨハネの後ろには、兵士たちが帰路につく様子や、敬虔の象徴である鹿が描かれています。これらの細部へのこだわりは、フランドル派の画家たちの影響を強く示しています。特に、大気を感じさせる風景の描写や、植物や動物の精緻な表現には、フランドル絵画の特徴が見られます。油彩技法の導入も、フランドル派からの影響であり、色彩の豊かさと写実的な表現を可能にしました。メッシーナは、おそらくナポリや南イタリア、あるいはヴェネツィアでフランドル派の画家たちの作品に触れ、新しい油彩技法を習得したと考えられます。

まとめ

アントネロ・ダ・メッシーナの『キリストの磔刑』は、彼の芸術的な才能と、様々な絵画様式の影響が融合した傑作です。死と贖罪という普遍的なテーマを、写実的な描写と象徴的な表現を通して力強く描き出しています。この作品は、メッシーナの作品の中でも重要な位置を占め、彼の芸術性を今日に伝えています。

参考文献

千足伸行監修『週刊世界の美術館 No.53 アントワープ王立美術館』、講談社、2001年2月刊行

外部リンク

アントワープ王立美術館公式サイト、アントネロ・ダ・メッシーナ『キリストの磔刑』 (英語)
* ロンドン・ナショナル・ギャラリー公式サイト、アントネロ・ダ・メッシーナ『キリストの磔刑』 (英語)

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