キルヒ彗星

キルヒ彗星

キルヒ彗星（{{lang|en|Kirch's Comet}}）は、1680年から1681年にかけて地球に接近し、夜空でその壮大な姿を見せた大彗星です。学術的にはC/1680 V1という符号で識別されています。この彗星は、天文学史においていくつかの重要な「最初」を記録している点で特筆されます。具体的には、望遠鏡を用いて初めて観測された彗星であること、そしてかの有名なアイザック・ニュートンが自身のケプラーの法則に基づく天体運動理論を検証する上で、この彗星の観測データを利用したことです。その出現時には17世紀でも最も明るい彗星の一つとして多くの人々の関心を集めました。

彗星の発見は1680年、ドイツの天文学者ゴットフリート・キルヒによるものです。この発見に敬意を表し、「キルヒ彗星」と命名されました。しかし、この彗星の軌道の計算と発表においても重要な役割を果たした人物がいます。それが、スペインのイエズス会司祭であったエウセビオ・キノです。キノは新大陸メキシコへの出発準備が進む中、1680年にスペインのカディスでこの彗星の観測を開始しました。その後、メキシコシティに到着した彼は、自らの観測記録と天文学的考察をまとめた論文『{{lang|es|Exposisión astronómica de el cometa}}』を1681年に出版しました。この著作は、アメリカ大陸においてヨーロッパ人によって発表された科学論文としては、最も初期のものの一つとして歴史的な価値を持っています。

キルヒ彗星は、その明るさゆえに昼間でも肉眼で確認できるほどでした。また、長く伸びた彗星の尾も、夜空において特に目立つ特徴でした。その軌道は太陽に極めて接近するものでした。1680年11月30日には、地球から約0.42天文単位（およそ6300万キロメートル）の地点を通過しました。さらに、同年12月18日には近日点を通過しましたが、その太陽からの距離はわずか約0.0062天文単位（約93万キロメートル）という、太陽表面すれすれの軌道でした。この近日点通過の際には、彗星は太陽の強い重力によってその速度を著しく増しました。彗星の輝きがピークに達したのは1680年12月29日で、その頃が最も観測に適した時期でした。その後、彗星は太陽系から遠ざかり、最後に観測されたのは1681年3月19日のことでした。

その軌道の性質から、キルヒ彗星は太陽表面の非常に近くを通過する「サングレーザー」に分類されることに疑いはありません。ただし、太陽へ繰り返し接近するクロイツ群の彗星とは異なると考えられています。

現在、この彗星は太陽系のはるか外縁部に位置しており、2012年9月時点での推定では、太陽から約253天文単位（およそ3.8兆キロメートル）の距離にあると計算されています。

キルヒ彗星の出現は、当時の天文学観測技術の進歩（特に望遠鏡の使用）を示す出来事であるとともに、ニュートンのような理論家が現実の天体運動を説明するための貴重なデータを提供しました。また、エウセビオ・キノの活動に見られるように、科学知識が新しい地域へ広がり、記録される過程においても、歴史的な意義を持つ彗星と言えます。

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