キープ (インカ)

キープ：インカ帝国の高度な情報管理システム

インカ帝国は、文字を持たない社会でありながら、高度な情報管理システムを構築していました。その中心となるのが、キープ（Quipu）と呼ばれる紐の装置です。ケチュア語で「結び目」を意味するこのキープは、単なる記録媒体ではなく、複雑な情報を伝達するための精緻なシステムでした。

キープの構造

キープは、単色または複数色の紐で構成され、様々な形の結び目が付けられています。太さの種類は4種類あり、最も太い紐を親紐と呼び、その他は下がり紐として親紐に房状に結び付けられています。結び目の形、紐の色、結び目の位置によって情報が符号化され、位置によって位取り（一、十、百、千、万）を表していました。下がり紐の本数は3本から2000本近くまで様々で、さらに細い補助紐が付いている場合もあります。レイランド・ロックの研究により、キープは十進法を用いていることが明らかになっています。

キープの機能と社会における役割

キープは、単なる数値の記録にとどまらず、言語情報を含む複雑な体系を持っていました。近年の研究では、人口、農産物、家畜、武器などの資源に関する統計や、裁判の判例なども記録されていたことが判明しています。インカ帝国の王や役人は、統治に必要な情報をキープに記録し、その作成と解読を担う専門の役人、キープカマヨックが存在しました。キープカマヨックは帝国各地に配置され、重要な情報の管理と伝達を担っていました。

キープ自体は計算道具ではないため、計算には別途Yupanaと呼ばれるアバカスの一種が用いられ、その結果がキープに記録されていました。インカ帝国にはキープの製作と解読を教える専門の学校があり、交叉型の分類や集計の混じった情報も扱うことができ、高度な数学的思考を可能としていました。

キープとチャスキ：情報伝達のネットワーク

作成されたキープは、チャスキと呼ばれる飛脚によって運ばれていました。史料によると、チャスキは1日に約280kmもの距離をリレー形式で走破し、その速度は時速約17kmに達したと推定されています。チャスキは18歳から25歳の男子から選ばれ、その職務への報酬として、年3ヶ月の鉱山労働を1ヶ月に減免される特権が与えられていました。中継駅の維持は地元村の義務とされ、チャスキ網の中心は王のいるクスコでした。チャスキは、王の食料となる生鮮食品なども運搬していました。インカ帝国征服後のスペイン人もチャスキを利用しようとしましたが、うまく運用できなかったと記録されています。

キープの謎と今後の研究

キープは、文字を持たない社会における高度な情報管理システムの証であり、その複雑な構造と機能は、現代の研究者にとっても大きな謎となっています。今後の研究によって、キープに隠されたさらなる情報が解き明かされることが期待されています。キープの解読は、インカ帝国の社会構造や文化を理解する上で重要な鍵となるでしょう。 現在も、ハーバード大学を始めとする多くの研究機関で、キープの解読と研究が進められています。

参考文献

* ジョージ・G・ジョーゼフ『非ヨーロッパ起源の数学』垣田高夫、大町比佐栄訳、講談社、1996年。

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