アバカス

アバカス

アバカス（abacus）は、計算を行うために用いられる歴史的な器具であり、棒や溝に沿って動かせる珠や石などを配置した構造を持ちます。これは、現代のそろばんを含む、多くの計算盤の原型とも言えます。

起源と歴史

アバカスの歴史は極めて古く、現在確認されている最も古いものは、紀元前2700年頃にメソポタミアのシュメールで発明されたとされています。初期の形態は、砂や粘土の板に線を引いたり、木や石の板に溝を刻み、その上で小石や豆などを動かして数を表現し、計算を行いました。時代が下り、位取り記数法とアラビア数字が広まるにつれて、アバカスによる計算方法と筆記による計算方法が並立し、その効率性が比較されるようになりました。

アバカスは地域によって多様な発展を遂げました。

メソポタミア

最古のアバカスはシュメールで生まれ、紀元前2700年から2300年頃に存在したとされます。これは主に六十進法の計算に用いられ、桁に対応する列が並ぶ表のような形式でした。一部の研究者は、古代バビロニアの楔形文字の数字表記がアバカス上の珠の配置に由来する可能性を指摘しています。

古代エジプト

古代ギリシアの歴史家ヘロドトスは、エジプト人が小石を右から左へ動かして計算していたことに言及しており、これは同時代のギリシアとは逆の方法でした。考古学的には計数に用いられたと考えられる円盤が発見されていますが、具体的な器具を描いた壁画などは見つかっていません。

古代ギリシアとローマ

古代ギリシアでは紀元前5世紀にはアバカスが使われていた考古学的証拠があります。木製または大理石製の板に珠を備えたものが用いられました。紀元前300年頃のものとされる大理石製のアバカス板（サラミス・タブレット）は、この時期のアバカスを示す貴重な遺物です。このギリシア式アバカスは、エトルリアや古代ローマにも伝わり、ヨーロッパではフランス革命期頃まで使用されました。

ローマでは、滑らかな台の上で小石（calculusと呼ばれた）や後にジェトンと呼ばれる計算用具を動かす方法が一般的でした。ローマのアバカスは、現代のそろばんの一部にも見られる「二五進法」の要素を持ち、桁ごとに「5」を表す珠と「1」を表す珠を組み合わせて数を表現しました。この方式は中世ヨーロッパでも引き継がれました。特に、11世紀にはローマ教皇シルウェステル2世が改良を加え、ヨーロッパでの普及を促したと言われています。また、表面に蝋を塗った板に尖筆で線を引いて使うアバカスも存在しました。

インドと東アジア

インドでは1世紀頃にはアバカスの使用に関する文献が見られ、5世紀頃には、アバカスの空の桁を「シュンニャ」（ゼロ）という言葉で記録する方法が発見されています。

中国では、紀元前2世紀の文献に算盤（すあんぱん、suànpán）に関する記述があります。中国の算盤は、梁を挟んで上側に2つ、下側に5つの珠を持つ構造が一般的でした。これにより、計算途中の数を一時的に保持するなど、効率的な計算が可能でした。単なる加減算だけでなく、乗算、除算、さらには平方根や立方根を計算する高度な技法も発展しました。中国の算盤は、シルクロードを通じて西方のローマのアバカスとの関連も指摘されますが、両者 independently に発展した可能性も考えられています。中国の算盤は、やがて朝鮮（주판, jupan）を経て日本にも伝来しました。

日本のそろばん

日本には室町時代末期に中国から算盤が伝わり、「そろばん」として独自の進化を遂げました。初期は中国と同様の「上2、下5」の形式でしたが、江戸時代の商業発展とともに普及しました。明治時代には「上1、下5」のそろばんが登場し、昭和13年（1938年）の小学校教科書改訂以降、現在最も一般的である「上1、下4」のそろばんが普及しました。この「上1、下4」そろばんは、操作にある程度の習熟が必要ですが、慣れると非常に高速な計算が可能になります。1970年代半ばに電卓が普及した際、そろばんは時代遅れと見なされる向きもありましたが、珠算教育や検定は続き、近年では受験者数が再び増加傾向を見せています。現在でも小学校でそろばんが扱われることがあり、特に暗算能力の育成に効果があるとして注目されています。

アメリカ原住民

古代マヤやアステカ文明では、Nepohualtzintzinと呼ばれる二十進法のアバカスが使われていたとする説があります。これは桁ごとに合計7個の珠を持ち、高度な天文学や自然現象の計算にも用いられたとされます。また、インカ帝国には、結び目で記録を行うキープとは別に、Yupanaと呼ばれる計算器具がありました。これはフィボナッチ数列を応用した計算システムを持っていたと考えられています。

ロシア

ロシアのアバカスはSchoty（счёты）と呼ばれ、軸が曲がっており、梁で区切られていないのが特徴です。通常10個の珠が各軸に通され、縦置きで使用されます。計算しやすくするため、一部の珠の色を変える工夫もなされていました。ソビエト連邦時代には商店や学校で広く使われ、電卓が普及する1970年代まで実用的な計算器具として機能しました。

現代における利用

計算機技術が発達した現代においても、アバカスは様々な形で利用されています。

• - 教育: 世界各地の幼稚園や小学校で、位取り記数法や基本的な算術を教えるための教材として広く用いられています。様々な色や配置の珠を持つ教育用アバカスが存在します。
• - 視覚障害者向け: ティム・クランマーが考案したアバカスは、珠が不用意に動かないように工夫されており、視覚障害者が計算を行うための重要な道具として現在も利用されています。触覚による確認が可能で、基本的な四則演算だけでなく、平方根なども計算できます。電卓と異なり、計算プロセスを能動的に操作することで計算能力そのものを鍛える利点があります。
• - コンピュータ原理の説明: 二進法アバカスは、コンピュータがどのように数を表現し、操作するかを視覚的に理解するための道具として使われることがあります。

このように、アバカスは数千年もの歴史を持ち、世界各地でその形態と利用法を変えながら、計算と教育の道具として現代にまで引き継がれています。

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